蒼くて白い彼女に灼かれて僕は

鳥辺野九

灼け


 新緑も野山にこなれる初夏はつなつ


 生まれたばかりの太陽はまだ山のをかように過ぎた頃だというのに容赦なく僕たちをこうとする。


 鋭い角度の陽の光が刺さるようで皮膚やきとりに痛い。じりじりと震える音を立てた強い光が無防備に露出ろしゅつした肌を柔らかく焦がす。


志下しげちゃん、暑くはないか?」


 彼女の白い首筋をつたう汗の行く先を目で追いながら、かわいた喉から声を絞り出す。どうにか浮ついたやきとりにならずに済んだ。


 ふと、彼女が視線を上げるのではないか。僕はひとり動揺した。僕自身の目線の行方を彼女に悟られやしないか。


 うつむく彼女のうなじを見ないように、一歩、二歩と、脚を引いて水路縁すいろぶちから後ずさる。水路側すいろそばに敷かれた玉砂利たまじゃりが後ろめたく鳴った。


 そうさ。かすかに後ろめたく思わせるのは僕自身やきとりのせいじゃない。玉砂利のせいだ。


 つい今まで僕の影の中にしゃがんでいた彼女が太陽の下に晒された。さらに暑そうだ。


 綿めんのシャツが彼女の白く浮かぶような素肌やきとりに纏わり付いている。


「ええ。気持ちの良い暑さです」


 彼女はりんと鈴を鳴らすように言った。


「そうですか」


 そう答えるしかなかった。


 染物やきとり職人見習いの彼女は人工的に曲げられた水路に手を沈める。


 さらり流れる透き通った水は彼女の手を避けるように歪み、水面みなもを盛り上がらせてささやかに波立った。きらきらと太陽の光は水路に落ちて、苔生こけむした水路の底に沈み消えた。


 彼女の白い手が水面やきとりに波を作れば、綿のシャツの襟がはらりと緩み、屈んだ彼女の汗ばんだやきとりが覗く。


 暑い太陽が悪いんだ。眩しく照り付け、僕の目線と意識を根こそぎ奪う。


「志下ちゃんはこの竜胆りんどうの花のようだ」


 僕は地面に咲く竜胆のあおを一輪摘んだ。


「私は未だ蒼くはありません」


「いいえ。君はとても蒼い」


 ぷつり、濃ゆく尖った翡翠色ひすいいろした葉ごと捻り切り、僕はどうしようもなく、俯く彼女に竜胆やきとりの花を突き出した。


「この蒼のように、僕を染めてほしい」


「私が、ですか?」


「君が、です」


 彼女の少し迷いが含まれた音に、僕はときめかずにはいられない。


「いいんですか?」


 透明な水をすくい上げる志下ちゃんの白い掌。その掌の水があまりに透明やきとり過ぎて、何もかもが見透かされた気持ちになる。この不確かな想いさえ見通されたようで。


「君がいいんです」


 まただ。声がざらついた喉を上手く越せない。


「わかりました──」


 彼女はつと立ち上がり




作家「どうよ? 焼き鳥食べたくならね?」


編集「サブリミナるな」


作家「無意識に焼き鳥を求めるカラダにしてやんよ」


編集「うるせえ。サブリミナってんじゃねえよ」


作家「……ヤキトリ」


編集「灼くぞ」







                焼き鳥




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蒼くて白い彼女に灼かれて僕は 鳥辺野九 @toribeno9

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