その焼き鳥屋、お話聞きます。
ゆーにゃん
その焼き鳥屋は、訪れる者の吐け口
駅や大通りから離れ、静かな場所に建つ焼き鳥屋があった。そこに訪れるお客さんは、会社帰りや外食目当て、または吐き出したい思いがある者たちがやって来る。
店を経営するのは無口な店主が一人。テーブル席は二つ、カウンター席が五つと小さな店である。
朝から仕込み、夕方から営業開始。少々、見つけにくい場所にあるがちょうど、仕事が終わりお腹が空く頃合に開くこともあり、知る人ぞ知る隠れた焼き鳥屋だ。
さあ、本日も何かしらを抱えるお客の来店時間である。
最初に訪れたのは若い男が一人。
初めて来たようで、どこに座ればいいのか迷っている様子。店主が、手招きでカウンター席へ促す。
すっ、とメニュー表を置き注文を待つ。
すると、男もメニュー表を開きねぎま、つくね、ささみを注文。あとビールも。
注文のねぎまから焼いていく。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり男の空腹を刺激する。
そうして焼き終わった焼き鳥を男の前に出す。
「いただきます。んぐ、もぐ……」
一口食べ、ビールを呑みまた一口食べビールを呑む。
「かぁっー! 美味い!」
ねぎまとつくねを食べ終わり、ビールをおかわりし半分ほど飲み干すと、男は語り出す。
「今日、上司にいちゃもんつけられて、ほんと腹立つのなんの! 言われた通りやって報告したら、『ここはこうだって言っただろ!』って急に怒られて、俺は昨日に指示出された通りやったって答えたら『それは昨日の話だ!』とかキレられて。ほんとあのクソ上司マジで腹立つ!!」
どうやら、上司に対して怒りが溜まってしまったよう。店主は、黙ったまま男にタレで味つけカリッと焼いたかわを出す。
「え? 俺、頼んでないんですけど……」
男の反応に店主は、食えっと態度で示す。
「いいんですか?」
店主は、頷き一品サービスと男に言葉ではなく行動で伝える。
「ありがとうございます。あむ、んんっ〜。カリカリでタレも美味い!」
かわを食べビールを呑む男。
男に話はまだ続き、上司に対しての不満や怒りを吐き出す。店主は、ただその話を聞くだけ。
そうして、言いたいことを吐き出した男は満足気に言う。
「どれも美味しかったですよ。話も聞いてくれてありがとうございます。また来ますねー」
そう言って支払い店を出ていった。
その次に来たのは女だ。
「店主ー、ビールください!」
来るなりさっそくビールを注文し、ぐびぐびと一気呑みである。
彼女は、この店の常連でありいつも真っ先にビールを注文し呑む。それから好きなものを注文する。
「ぷっはぁー! ああ美味しい! あ、ささみと手羽先二つ! かわと砂肝も!」
注文の品を準備する店主。その間にも女は、喋り始める。
「もう聞いてよー。今日ね、合コンだったの。だから早帰りして、準備しようって思ってたのに残業させられた! ほんっとありえない! 課長が急に、私に『これ、今日中によろしく』って書類の山を置いていってさ!」
焼き上がったささみと手羽先を女の前に置く。
ビールを呑み、グラスをテーブルにダンっと置き文句が続く。
「そのお陰で、合コンに間に合わなっかわけ! せっかく友人が男見つけてくれて、合コンのセッティングまでしてくれたのに〜!」
ささみと手羽先を食べながら、片手にはビールのグラスを持ち出来上がった肉を頬張る。
食べて呑んでまた食べて呑む。いつもここへ訪れる時、愚痴るのがお決まり。それを聞きながら女の頭を時より撫でる店主。
「店主、優しい〜」
と、そこへ新たなお客が来店する。
スーツ姿で落ち着きがあり穏やかそうのおじ様な男は、カウンター席へ座り日本酒とせせり、ハツ、ヤゲンを注文。
「んっ、んくっ……」
用意された酒を呑み一息。
「店主、あたしも日本酒ちぃうだい!」
「おや、ビールでなくていいのですか?」
「なんか、日本酒が呑みたくなったの」
「ほほう。ここの焼き鳥は日本酒も合いますからね」
と隣同士に座る二人が、酒を片手に肉を食べる。
「そんなことがあったのですか。それはまた最悪な気分でしたね」
「もう、本当に最悪よ。せっかくの合コンも台無し」
「その友人にも迷惑をかけてしまいましたね。あ、注ぎましょうか?」
「あとで謝らないと。あっ、ありがとう。そっちも空いてるじゃない。注いであげるわ」
「これはどうも」
二人で空になったのを見て注ぎ合い呑む。
追加注文のねぎま、つくね、レバーを置く。二人共、手を止めることなく酒を呑み出来たてを頬張り頬を緩ませ、また酒を呑み会話を続ける。
おじ様もここの常連でありビールより、日本酒を頼み年頃の娘のことを店主に相談することが多い。今日もその相談事で訪れたようだ。
なんでも今年から受験を控え、行きたい大学のため猛勉強なのだとか。娘のために何かしてやれることはないか、頑張る娘にエールを送りたい。
そんな話を聞き、一緒に呑んでいる女も考える。ああしてみてはどうか、こうしてみてはどうか、あれは駄目、これもされると嫌がるから駄目と女からのアドバイスに男もなるほどと。
そうして、言いたいことを吐き出し、相談も終わると二人は「ご馳走様」と店主に伝え帰っていく。
その後も、ここへ訪れるお客の話を聞き焼き鳥を出す。どんな悩み事だろうと、愚痴だろうと、相談事だろうと店主はただただ話を聞き、時に紙とペンでアドバイスやこうしてみてはどうか? と伝えてみる。
そんなやり取りをするちょっと変わった無口な店主が営む焼き鳥屋。今日も明日も、話したい人を待ちながら仕込みをするのだった。
その焼き鳥屋、お話聞きます。 ゆーにゃん @ykak-1012
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