あったかい恋がしたい。🐞

上月くるを

あったかい恋がしたい。🐞




 曇り空が幸いして暑くないから助かる。

 スロージョギング……何年ぶりだろう。

 

 ジョギングとは名ばかり、ほとんど歩く速度と変わらないが、ほんの少し上下運動を加えるだけで汗の量がウォーキングとは圧倒的に異るし、骨粗鬆症こつそそうしょうの予防にも。


 九月に入って藍を増した山並みはもちろん、目の端に映りこむ野紺菊やコスモスを眺める余裕もあり、心拍数も110前後に落ち着いている感じで楽しく走れている。




      🏃‍♀️




 会社員だった父親が急逝したのは、ひとり娘のスウコが中学二年生のときだった。

 とつぜん、一家の大黒柱になった母親は、専業主婦とは思えない底力を発揮した。


 ビジネススクールへ通って資格を取り、自宅を改造して、パソコン教室を開いた。

 教え方が評判を呼んで生徒が集めると、隣接してプレハブの麻雀教室まで開いた。


 運よく(というより先見の明だろう)高齢者の健康麻雀ブームと重なってこちらも大いに繁盛し、短大生のスウコまで手伝うようになったのは自然な成りゆきだった。




     🀄




 一時はかなりの売上があったので、ほかへの就職など考えられず、卒業後はさらにみっちり経営や接客を仕こまれて、いつの間にか、ふたつの教室の貌になっていた。


 生徒は高校生から八十代まで幅広かったが、母親ゆずりの愛嬌が人受けするらしく生徒はいつも満数で、口コミによる入会希望者には空きを待ってもらうほどだった。


 その間には、もちろん恋(というより恋めいたものと言うべきか(笑))もした。

 「美人過ぎる先生」と呼ばれてもてはやされ、つきあう相手に不自由しなかった。


 たいていは軽い気持ちだったが、国立大学の医学部に通う学生には本気で惚れた。

 スウコは結婚まで考えたが、学生は卒業すると関西へ帰郷し、それきりになった。


 傷心が癒えたころ、あらためて周囲を見まわしてみると、大方の男がスウコのことを「麻雀屋のネエチャン」程度にしか見ていないことが分かってしまった。"(-""-)"




      💑




 それから男嫌いになり、ひとりで生きて来て、気づけば五十代半ばになっている。

 かつてはあれほど騒がれた美貌も過去のものとなり、痩せたオバサンが鏡にいる。


 そのうえ、降って湧いた新型ウィルスの流行で、マンツーマンのパソコン教室も、細菌の巣窟みたいな麻雀パイも、諸悪の根源のように白眼視されるようになった。


 だからというわけでは決してないし、もちろん金銭面の援助を望むわけでもない。

 そこのところはぜひ強調しておきたいのだが、最近、スウコは恋愛に憧れている。


 心身ともに若いころとは違って来ているので、情熱の限りを尽くす恋は望まない。

 もっと穏やかにやさしく、災害のとき、相手のことをまず心配する、そんな間柄。




      🪲




 後半生の伴走者は格好よくなくていい。

 いや、むしろ、そうでないほうがいい。


 スポーツジムに通っていたころは、風のように速く走る細身で脚の長いランナーに憧れたが、いまはスウコと同じペースで、ゆっくり走ってくれるパートナーがいい。


 弱いところや駄目なところのある人間同士、深く思い合い、労わり合って、互いを尊重しながら……じつは、少し前から、スウコのなかに棲み始めている男性がいる。



 

      🌼 




 最寄りを訊かれても返答に困るほど小さな駅が多く、メインの駅にも徒歩で十数分の至近距離にあるのに、いまスウコが走っている一帯は広い田園地帯になっている。


 高度経済成長期に行われた区画整理で定規で測ったような田んぼが並んでいるが、一本向こうの農道に、いまが盛りの蕎麦畑が、真っ白な長方形を形づくっている。


 あそこまで息をあがらせずに淡々と走って行かれたら、恋の幸先もいいかも……。

 そんな願懸けめいた気持ちになった自分を、スウコはわれながら初々しいと思う。

  

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