君と私とレバー
碧海 山葵
レバー嫌いの君と
どの駅にもきっとある、チェーン店の焼き鳥居酒屋。
今日もそこに向かう。
きっと店の前で偶然を装ってへらへら待っている君がいる。
私が時間にルーズなのと、君がいつもへらへらしているのは一生直らない。
そういうこと。
西日が部屋に差し込み出すころ、真っ赤に染まった部屋で君に連絡をする。
連絡するタイミングは決まっていない。
なんとなく。
今だと思ったから。
そんくらいの関係。
文面もひどい。
ビールの絵文字1つ。
それだけで全てが通じる。
君の気分が良ければ、
たとえトイレの中にいたって買い物中だって、そろそろバイトが終わるってころだって、ちょっと寝かかっていたとしたって返事が来る。すぐに。
それもグッドの形をした手の絵文字1つだけで。
返事が1時間以上来ないときは、静かに送信取り消しをすればいい。
だって、このふざけた連絡の賞味期限は1時間だけだから。
その後見られて、返信がきても、もう味はしない。これも、そういうこと。
時間を決める。
「じゃあいつものところに 19:00。」
「わかった。」
19:05、いつも通りやっぱり遅れてきたよ、というよう顔で待ち構えられている。
ごめんごめん、と軽く受け流して中にはいる。
____とりあえず…はない。
とりあえずビール、みたいなやつ。
そこまでアルコールに強くない我々に、そんな余裕はない。
「梅酒ロック、レモンサワー。つくね、もも、ピーマンの肉詰め。以上で。」
私が言い終わるのと同時に「あ、あとレバーもお願いします。」
店員が帰る前にすかさず君は注文する。
「え、レバー嫌いって言ってなかった?」
「そんなこと言ったっけ。」
またへらへらしてくる。
「言ってたよ。なんでさ。」
「でもあなた好きでしょ、レバー。」
「私は好きだけど……。」
確かに私はレバーが好きだ。1人だったら絶対に頼む。でも、嫌いな人の前で食べるのは
あれかな、と思い注文しないようにしていた。
「ならいいじゃん。」
たぶん曖昧な表情をしているわたしの顔をしっかりと見つめ、君は勝手に会話を終わらす。
「梅酒ロックとレモンサワーでーす。」
店員さんがお酒を持ってくる。
小さく目だけで乾杯をして飲み始める。
そして最近あったことを話そうとする。まだ話していないこと……。
最後に話したのっていつだっけ。
___あ、昨日の夜じゃん。
もうすでに話のネタがない。
目の前の君もそんな顔をしている。
さあ、どうするか。
考えていたら、焼き鳥がきた。
つくね、もも、ピーマンの肉詰め、そしてレバー。
つくねとレバーは私の、ももとピーマンの肉詰めは君が好きなもの。
注文はレバー以外いつもこの組み合わせ。
何も変えない。
挑戦もしない。
いつか何も注文しなくても、これが出てくるようになればいいな、
なんて考えている。
だったらチェーン店を選んでいるのは間違いかもしれないな、なんて1人で笑う。
どれから食べようかな、なんて迷っていたら、君がいの一番にレバーを食べ、串をいじっていた。
「嫌いなんじゃなかったんかい!」
思わず突っ込む。
「うるさいよ、はやく食べな。」
こうなったら君はもう何も答えないから、潔く諦める。
こっちをみて目をそらさない。
そしてにやっとする。
そんな君が……。
_____お、きた。
スマホの画面をみて小さく喜ぶ。
傍目にはわからないだろうが、たぶん今、俺はこのスーパーのなかで一番はしゃいでいる。
飲みのお誘い。
ビールの絵文字、たった1つ。
すぐ返信しすぎると、嬉しいのがばれてしまうから少し時間をおいて返信する。
その間にかごにいれていたものを丁寧にまたあった場所に返す。
トイレットペーパー、醤油、紅茶、ビール、そしてレバー。
最近よく、お総菜コーナーでレバーを買うようにしている。
まあ、単純にあの人のせい。
レバーが好きなのにレバー嫌いの俺にあわせて我慢しているのがかわいいから。
急にレバーが食べられるようになって驚かしたい。と、思っていたら予想外にもレバーに
はまってしまった。
俺って結構そういうやつ。
……19:00か、
きっと19:05くらいに来るんだろうな。
_______はい、予想通り。
ごめんごめん、と店内に入っていく。
だいたい同じ席で同じ店員さん、そして同じ注文。(よし、今日にしよう)
「あ、あとレバーもお願いします。」
タイミングをみて言う。
おお、いい顔してる。
驚いてる、驚いてる…。
何か聞きたそう。
でも教えない。
教えたらなんとなく面白くない。
口数が少なくて、
いつもへらへらしているように見えるせいか、昔から人との関わり方がうまくいかない。
話さなくても一緒にいて楽しい人。
たぶんあなたは一生懸命話すことを考えようとしてくれているのだろうけれど、俺はそんなあなたを見ているだけで結構楽しい。
そんなあなたが……。
注文が揃う。
まず、レバーを食べてみせる。
案の定、目の前の彼女は色々と質問をしてくる。その全てを適当に受け流しながら、最近食べられるようになったレバーを咀嚼する。
「ねえ、どうして食べられるようになったの?」
と諦めずしつこく聞いてくることに思わず、
にやりとしてしまう。
「いいじゃん、なんでも。」
でもそう、そっけなく返した。
「あなたのために」という答えは胸のなかにしまっておけばいい。
この種明かしはいつか。
忘れた頃に。
______今日も焼き鳥屋にいる。
「梅酒ロック、レモンサワー。あと、つくね、もも、ピーマンの肉詰め、レバーをお願いします。」
「かしこまりました。」
注文を復唱して、店員さんが去って行く。
「結婚してもまたここに来ると思わなかったわ。」
あなたは笑う。
相変わらず時間にルーズなところは全く変わっていない。部屋から出るのが予定よりだいぶ遅くなってしまった。
でもいいんだ。
注文がテーブルに届くまでの短い時間。
ふと、今かなと思う。
「俺、あの頃、レバーを食べられるように練習してたんだ。ずっとあなたと一緒に食べていられるように。」
驚いてくれるかと思ったのに。
なぜだか君は知っていたよ、というような顔をしている。
僕は手をグッドの形にして、小さく笑った。
君と私とレバー 碧海 山葵 @aomi_wasabi25
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