最終話「エピローグ」


 時期は8月。死ぬほど暑い真夏日。

 太陽がウキウキな炎天下の鈴鹿サーキットには大勢の人で賑わっている。

 夏の鈴鹿。

 そんな時期の風物詩と言えば8時間耐久レース。

 

 「あっちぃ……氷風呂はーっと」


 少しでも体温を下げる為、氷風呂に両腕を突っ込む。

 冷てぇー気持ち良いー。

 

 「レース中に使うんだからぬるくするんじゃないわよ?」

 「このくらいじゃぬるくならねぇって」


 涼んでいるとシヅが釘を刺してきた。

 俺が腕を突っ込んでるくらいで氷が浮いたプールがあったかくなるかよ。

 

 「あ、シン君ずるい。私もやる!」

 「アタシもー!」

 「おい馬鹿ミヤビ——」


 俺が止める間もなくミヤビが氷風呂に飛び込んだ。

 キンキンに冷えた水が飛び散り、シヅが被る。

 おいおいおい……そんなことしたら。


 「ねぇミヤビ? これレース中に使う物なの分かってるわよね?」


 濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、シヅがミヤビを見下ろす。

 まるでゴミを見るような目でミヤビを見ながら、拳を脳天に落とした。


 「痛ったぁ!」

 「馬鹿なことやってないで集中しなさいよ! このメンバーが揃ってて2年連続でリタイアしてるのよ!?」

 「そんなのアタシの所為じゃないんだけど!? あっちの2人に言ってくれない!?」

 

 シヅに怒られたミヤビが俺とリュウを順繰りに指差す。

 俺たちは揃ってミヤビから目を逸らした。

 今回で8耐に参加するのは3度目。メインのメンバーは同じで俺とリュウとミヤビがライダーで、シヅがチーフメカニック。

 MotoGPライダーの俺。

 Moto2ライダーのリュウ。

 SBKで好成績を残しているミヤビ。

 この3人が揃っているチームだと言うのに2年連続でリタイアしている。


 「初年度はリュウが転んだからなぁ……」

 「いやいやいや、シン君だって圧倒的だったのにマシントラブル起こしてる」

 「あれは俺の腕にマシンが耐えられなかったんだからしょうがないだろ。今回はシヅが何とかしてくれる」

 「何言ってるの。圧倒的なら少しはセーブしなさいよ。あくまで市販車がベースなのを忘れないでくれる?」

 

 ……流石のシヅでも無理だと言われてしまった。

 初手をミヤビに走らせて、マシンがそれなりに出来上がってきてから俺が乗ろうかな。後半に乗るとまたぶっ壊しそうだ。

 俺はMotoGPでもシヅをメカニックに、モエをマネージャーに置いてるからそこまでメンバーが変わってる訳ではないが、こうしてリュウやミヤビと同じチームは懐かしいし、落ち着く。

 

 「そう言えばレンゲとモエは?」

 「2人は今頃バタバタしてる。最近じゃGPライダーが出るのも珍しくなっちまったしな」

 「そっか、アタシは別に珍しくないもんね。そこら中に知ってる顔居るし」

 

 SBKで走っているミヤビは顔見知りが多いようだ。

 俺らはあんまり居ない。居たとしてもちょっと前にGPライダーだったけど色んな事情でSBKに移ったライダーくらいだ。

 契約の都合で良い走りをしてたのにシートがなくなってしまったライダーも居る。


 「あいつをクビにするなんてオーナーは見る目がないな」

 「もう1年くらいは見てあげても良かったわよね」

 「まあ、俺としちゃこの場で勝負出来るから良いけどな!」


 勿論、8耐もMotoGP同様本気でやる。

 しかし、それ以上に肩肘張らずにレースが出来る。そもそもの時間が長ければ休憩時間もあるしな。

 もしや……俺は耐久の方が向いてるのか?

 いや違うな。結局レースが好きなだけだ。どちらにしろ楽しむんだろうな。


 「それじゃあ今年こと勝つとしましょ! アタシの出番ちゃんと作ってよね!」

 「じゃあ今年はミヤビがやらかす年だな」

 「ふっふーんだ。アタシは転ばない、転んでも怪我をしないで有名なんだよねー」

 「じゃあ初手に走らせようぜ」

 「別に良いわよ。走る順番は勝手に決めて」

 

 こう言う時にシヅは無駄に口を挟んでこない。整備と安全面に関しては誰よりもうるさいが。

 最終的に初めがミヤビ、次に俺、3番目にリュウが走るローテで決まった。

 そうしてリュウが笑顔で円陣を組むように促す。


 「じゃあ今回こそ勝とう! OVERDOSE GR ……ふぁいとー!」

 「「「おーーー!!!」」」

 

 気合を入れ、臨んだ3度目の8耐は——最初の交代直前でミヤビがド派手にクラッシュしてリタイアに終わった。

 宣言通り、全く怪我はしなかった。

 だが、これだけのライダーを揃えておいて3年連続リタイア。

 来年。

 来年こそ、勝とう!

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OVERDOSE 絵之空抱月 @tsukine5k

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