異世界行き扉探し

穂村ミシイ

異世界行き扉探し

異世界行き扉探し


「太陽の塔の内部に異世界へ通じる扉があるらしい。」


 真面目な表情で語る親友タキ。ずれた眼鏡を定位に直しながらこちらの表情を伺っている。

〝どうだ、凄いだろう。驚いただろ?〟とでも言いたげな顔だ。なんでドヤ顔なのか、僕ニシノはため息を漏らす。

 彼が中学生であったら話を合わせて笑っていただろう。しかし、残念ながら彼は28歳、サラリーマン独身。スーツに身を包んだ男が正気の沙汰とは思えない事を言い出しているのが現実だ。


「マジか……。どんな異世界なん?」

「お前の方がマジかだわ。モリヤよ、こっちに戻ってこんかい。」


 呆れ顔の僕を無視して真剣な返答を返すもう一人の親友モリヤ。こいつも既にあちら側の人間らしい。

 今日は花の金曜日。タキから「どうしても話したい事がある」と連絡を受けたモリヤと僕は地元である大阪梅田のチェーン店居酒屋に集合していた。


「それは知らん。」

「知らんのかいっ!」


 とりあえずビールを頼み、スピードメニューで食欲を促進している最中、タキがいきなり話し出した話題がこれだ。こいつはもう駄目かもしれない。本気でそう思った。


「どうしても話したい事ってまさか、そんな事ちゃうやろな?」

「……そんなこと、やと?」


 ビールはまだ一杯目。酔っ払うにはまだ早過ぎる。花の金曜日に雁首揃えた28歳男三人がする話題にしては余りにも幼稚過ぎる。どうか違うと言ってくれ。


「そんな事って言い寄ったでコイツ。モリヤ、言ってやれ。」


 話題を振られたモリヤが頷くとジョッキに注がれたビールを一気飲みしてから口を開いた。


「俺たち三人ができる話題なんてこんぐらいしかないやろがっ!!」

「いや、もっと他にあったやろ!!?」

「じゃあ、言うてみ。話題の提供しいや?」

「そ、それは…………。」

「ほら、無いやんか。」


 話題なんて、そんなのあるわけがない。

 だって毎週なんやかんや理由を付けてはここに集まっているのだから。日常の愚痴、出来事、そんなもんはとっくの昔に話題にすらならなくなっていた。

 じゃあ、なんで毎週花の金曜日にここに集まっているのか。三人には残念な共通点があるからだ。


「俺らには彼女がいない。将来の夢もない。結婚なんて考えたくもない。仕事はすぐにでも辞めたい。」

「タキ、言ってて悲しくならんか?」

「そんな俺たちが出来る事はもう、異世界に繋がる扉探しぐらいやんか!」


 早くも二杯目のビールに手を付け始めたタキが大声で叫ぶ。この居酒屋が個室タイプであった事にどれだけ救わられた事か。


「その通りやー。もっと言うてやれタキー。」

「二人とも馬鹿やろ!?」


 そう、僕たちは嫌婚けんこん男子だ。

 結婚なんかするよりも遊んでいたい。恋愛は既に諦めている。女なんてエッチなビデオの中だけで十分だ。よく知りもしない女とのデート代なんぞ出したくもない。というか、そんなに使える金がない。


「この話は信頼できる筋からのタレ込みやねん。」

「ほほう、聴こう。」

「僕を無視して話を進めんなよ!」


 結婚するより、彼女を作るより、友達と居たいし自分の為に時間と金を使いたい。そう言った男を近頃は嫌婚男子というそうだ。僕らは完全にそれに当てはまってしまっている。


 28歳サラリーマンのタキ、フリーターのモリヤ、芽が出ない作家ニシノは彼女なし、金なし、実家暮らしの三段落ち。世間から見ればダメ人間の集まりである。


「俺はな、ほのぼの系な異世界やと思ってんねん。てかそうじゃないと困る。異世界いく意味がないもん。」

「確かに。魔物と戦うとか、実際無理ゲーやからな。」

「そういうのはさー、転移特典とかでスキルとか貰えんじゃないの?」


 結局は話に参加しているニシノに2人はニヤつきながら頼んでおいた焼き鳥を頬張る。


「それはあり得る。でもな、心の問題があるやん。」

「あるな。」

「問題ってなによ?」


 タキは口にあるきゅうりの一本漬けを咀嚼し、飲み込むと箸を置いてニシノを睨んだ。


「血が、怖いやんか……。」

「小学生かっ!」

「あと、飛び出した内蔵とかグロいのも見られへん。ホラーとかムリやもん。」

「昔三人で観に行ったホラー映画もタキめっちゃ号泣してたもんな。」


 うずら卵を箸で刺すモリヤが懐かしそうに笑う。


「やっぱり、ほのぼの系やな。スローライフがいい。」

「タキって農業とか出来たっけ?」

「いや、出来へんよ。」

「じゃあ異世界行っても生活出来ひんやないか。」

「そこは……、二人がなんとかしてくれるやろ?」


 なんと他力本願な。こんなお荷物を背負って異世界なんぞ誰が行くかと言ってやりたいところだが、満面の笑みをこちらに向けるタキに僕もモリヤも弱いのだ。


「はぁー……、それで?」

「それでってなに?」

「太陽の塔、行くんだろ?」

「調べたら今だけ太陽の塔の内部に入れるってサイトに書いてあるで。」


 ああ、このノリは土曜の明日にでも行くって言い出すパターンのやつだ。


「おおーー、じゃあ。明日な?」


 ほら、やっぱり。


「何持って言ったらええかな?」

「やっぱポテチやろ。」

「もっと胃に溜まる食料持っていけよ。」


 今夜もまたダラシなく、意味のないであろう話で夜が更けていく。まあ、楽しいからええか。


「よっしゃ。こうなったら俺、今から退職届を職場に突き付けてくるわ。」


「「タキ、それだけはやめとけ。」」

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異世界行き扉探し 穂村ミシイ @homuramishii

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