第47話『情けない男ですね』

 狼型魔獣を従えたジルは、リュールを強く睨んだ。右腕は肘から先がなく、左手には黒紫の短剣が見える。

 そして、魔獣の足元には町の住人が数名転がっていた。中には若い女もいる。全員息はあるものの、傷だらけでまともに動けない様子だ。


「ちょうどいい長さになったじゃねぇか。あんたの腕、長すぎると思ってたんだよ」

「殺してやる……」

「おいおい、俺を仲間にするんじゃなかったのか?」

「うるせぇ」


 リュールの挑発は随分と癇に障ったようだった。その細い目は真っ赤に血走っていた。


「お前、動くなよぉ」

「また不意打ちか?」

「こいつら、殺すぞ」


 喉が潰れたようなしゃがれた声と共に、ジルは短剣を振った。合図を受けた魔獣の足が、住民の背中を踏みつける。

 悲鳴にもならないくぐもった声が、リュールの耳に入ってきた。どうやら、人質をとったつもりでいるらしい。


「やれよ」

「あぁ?」


 リュールは最軽量のブレイダを構えた。人質など意味はない。これまでいったい何人殺してきたと思っているんだ。

 躊躇いなく地面を蹴る。ジルの間抜け顔を視界に入れたまま、ブレイダが届く距離まで接近した。


「クソが!」

「どっちが」

『クソですか!』


 棒立ちする長身に対し、斜めにブレイダを振り下ろした。左肩口から右脇腹にかけて、まっすぐに線が入った。リュールはそのまま動きを止めず、住民を押さえる魔獣にブレイダを向ける。


「やれるもんなら、やってみろよ」


 ジルの傷から血液が吹き出すまでの間に、リュールは五体の魔獣を十個に分断していた。


「あああああ」

「ち、聞こえてねぇか」


 叫び声を上げながら、ジルは地面に倒れ込んだ。人になる剣で斬られた傷は、通常の傷よりも治りにくい。とはいえ、すぐに絶命するようなことはないはずだ。

 短剣を握ったままの左手を踏みつけ、手首の腱辺りにブレイダを突き刺す。死なれては困るから、切断はしないように注意が必要だ。


「よし、俺の質問に答えろ」

「あぁ? 質問だぁ?」

「ああ、答えたら命は助けてやる」


 斬り傷は塞がっていないが、流血は収まっている。それでも失血が多いのか、ジルの返事は朦朧としていた。


「お前らは、何が目的だ?」

「誰が答えるかよ」

「そうか」


 リュールはジルの顔面を勢いよく踏みつけた。まともな人間なら、これで命を落とす可能性もある。しかし、人になる剣を持っている限り傷は治ってしまう。

 治りかけたところで、再度その顔を踏んだ。まともな人間よりも痛みは軽いはずだが、どこまで耐えられるか。リュールは根気勝負を覚悟していた。


「わかった……話す……」

「意外と早いな」

『情けない男ですね』


 七度目に足を振り上げた時、ジルが音を上げた。リュールの口から出たのは、本音だった。


「俺が聞きたいのはみっつだ」

「ああ」

「お前らの目的、魔獣とその剣の正体だ」

「そうかい」


 鼻で笑ったジルの顔を、リュールは再度踏みつけた。


「言うって」

「早くしろ」

「俺らの目的は、ルヴィエも言っていただろ。人間の全滅だよ」

「何のためだ?」


 リュールは苛立ちを隠せず、突き刺したブレイダを捻った。ジルの顔が苦悶に歪む。


「何の、ためだ?」

「それはな……」


 痛みに喘ぎつつも、ジルの顔は半分笑っていた。リュールは直感的にその場を離れようとしたが、既に遅かった。

 ブレイダを持った右手に鋭い痛みが走る。手首が中ほどまで切り裂かれていた。一時的に掌から力が抜けた。


『リュール様!』

「くうっ!」


 ブレイダの声とほぼ同時に、右手が柄から弾かれた。振り返ったリュールは、若い女の姿を見た。

 リュールの腕を蹴り上げた女は、黒紫の髪と黄色い瞳が特徴的だった。


「それはな、俺がてめぇにイラついたからだよぉ!」


 倒れたままのジルが高笑いを上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る