トリキの錬金術師番外編〜焼き鳥との出逢い〜

南雲 皋

前世の記憶

 鶏肉を一口大に切って、串に刺して焼くだけなのに、どうしてこんなにも焼き鳥は美味しいんだろう。

 そんなことを考えながら、私は先頭の肉を頬張り、持っている串を見つめた。



 最初に焼き鳥を食べたのはいつだっけ。


 母の用意した食卓の上には、焼き鳥が並ぶことはなかった。

 専業主婦の母にとって、食卓に出来合いのものが並ぶことは許せないことであったらしい。

 いつだって食卓には母の手作りの料理が並んでいて、そのことに関して深く考えることもなかった。


 大学生になり、授業とバイトを両立させる目処が経った頃、私は一人暮らしを始めた。

 家には五つ離れた妹がいて、私が家を出ることに目立った反対はなかった。

 母からは度々、きちんとご飯は食べているのかという確認のメールや電話が入り、やや面倒に思ったことを覚えている。


 変に真面目なところのあった私は、二十歳の誕生日を迎えるまで頑なにお酒を飲まなかった。

 飲み屋に行ってしまったら流されてしまいそうな気がしていて、そういうものの誘いもできるだけ断って。


 二十歳の誕生日、当時仲の良かった友人と一緒に初めて居酒屋という場所に入った。

 あつあつのおしぼり、手慣れた友人の声、運ばれてくるお通しと生ビール。


「かんぱーい!」


 初めて飲んだ生ビールは、苦くて不味かった。


「にがぁ、え、みんなこんなのをあんなに美味しそうにゴクゴク飲んでるの?」

「まだ舌はおこちゃまか〜。これが美味しく感じられる瞬間が来るんだよ、これが」

「ふ〜ん」


 枝豆、出汁巻き玉子、そしてねぎまにレバー、なんこつ鶏皮ぼんじりの盛り合わせ。

 串に刺さった焼き立ての焼き鳥を頬張った瞬間、その美味しさに感動した。


 大袈裟だと思われるかもしれない。

 けれど、本当に感動したのだ。

 溢れる肉汁、ちょうどいい塩加減、鶏肉の旨味とネギの相性の良さ、刺さった具材を歯で噛んで串から抜く瞬間。

 実家の食卓に並んでいた料理にはなかった香ばしさと、箸を使わずに食べるという行為が、美味しさを底上げしているように思えた。


 母の料理への感謝を忘れたわけではない。

 実家を出てから吹き出物が増えたことも、体重が増えたことも、好き放題荒れ放題な食生活を送っているせいだということは痛いくらいに分かっていた。

 けれど、それはそれとして焼き鳥は美味しかった。


 それ以来、私はいろいろな店の焼き鳥を食べるようになった。

 いつの間にかビールも美味しく飲めるようになっていた。

 大学生の懐事情もあり、最終的に私が落ち着いたのはトリキ鳥貴族だった。

 お酒も、焼き鳥も、それ以外のメニューも安価で楽しめるトリキに、私は日々感謝を捧げるのだった。


 それは社会人になっても変わらなかった。

 そして、死んでしまってからも。


(まさか異世界転生してまで焼き鳥に固執するとは思ってなかったけどね)


 鶏肉に似たものが存在していなければ諦めたかもしれない。

 食材を探すことすらしなかったかもしれない。

 けれど私の目の前には鶏に似た生物がいたし、鶏肉に似た肉も存在していた。


 だから、諦められなかった。

 私が初めて焼き鳥を食べた時の感動を、他の人にも味わってほしかった。


 たとえ地球の焼き鳥とは異なるものだとしても、それでもいい。

 私は私のトリキを作る。

 そう、決めたから。

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