VS蛇鶏

シンカー・ワン

鶏を焼く

 それを何と形容すべきか?

 蛇の胴を持つ鶏? 鶏の頭を持つ蛇? 

 伝承によれば、が産んだ卵をヒキガエルが抱卵することで生まれるという。

 魔獣・蛇鶏コカトリス

 二頭立ての屋根付き馬車並みの巨体を活かした突進や鋭利な爪も脅威だが、何より厄介なのがくちばしによる攻撃だ。

 分泌される毒によって、傷つけられたところから石となってしまうのだ。

 コカトリスの巣には果敢に挑むも敗れた冒険者たちの石像の残骸が散らばっているという。

 

 徐々に感覚がなくなっていく右腕の肘辺りをきつく縛りながら、迂闊だったと悔やむ忍びクノイチ

 "修練の足しになれば" 程度の気持ちで潜った洞窟で魔獣こんなものに遭おうとは。

 しかし難敵ではあるが、今の自分に倒せない相手ではない。そんな自信があった。

 コカトリスの突進を躱し死角をついて片目をつぶし視覚を奪う。首を振り回し振りほどこうとするだろうことも予想通り。

 上手く行き過ぎたことで油断が生まれたのだろう。

 まさか傷が深まるのを厭わず、異物である襲撃者自分を壁に叩き付けるとは。

 予期せぬ行動と壁にぶつけられた衝撃に一瞬対応が遅れ、くちばしの一撃を受けてしまった忍び。

 とっさに腕で受け、頭や胴を守れたのは日ごろの鍛錬の成果と言えよう。

 脳や内臓の石化は死に直結するが、致命にならねば腕の一本問題なし。

 よもやの反撃を受け傷を負ったことで、忍びは驕りを捨て落ち着きを取り戻す。

 コカトリスの石化は魔力などではなく毒によるものだというのを思い出し、ならば巡る道を閉ざしてしまえばよいと、腕を縛ったのはそう判断したから。

 "手持ちの水薬ポーションでは毒は消せない。街に戻ってどこかの神殿で "解毒" の奇跡を受けねば血の流れを止めた腕が腐り落ちるかも知れない……。ん、石になっても腐るものなのか? 今度女魔法使い彼女に会うことがあったら訊いてみようか"

 猛り狂うコカトリスの死角へと巧みに回り込みながら、そんなことを思い浮かべ頭巾の下で笑う忍び。

 "以前の自分ならば現状の対処に精一杯でこんな余裕など持てはしなかった。女魔法使い彼女熱帯妖精あのバカ、他の冒険者と触れ合ことで良くも悪くも自分は変わったのだろう……"

 頑なだった自分の現在いまを、里の師が見たら「好ましい変化だ」と言うだろうなと忍びは思う。

 積み重ねた経験で彼我の実力差を客観的に見極められるようにはなった。が、己が優勢とわかると相手を見下して不覚を取る傾向がある。

 それで幾度も痛い目を見て来たというのに、まだまだ成長途上だ、と己を省みる。

 "――失敗は次に活かせばいい。大丈夫、自分はコカトリスこいつに負けたりしない"

 自信を確信となすため、それを証明せんと行動に移す。

「さぁ魔獣、決着をつけようじゃないか」

 逃げ回りながら打った布石、油を奴の羽毛に染み込ませた。

 わざと姿を見せコカトリスを招く。襲い来る瞬間死角に潜り込み油染みに火種を放り込む。

 着火点から炎が毛羽立ちを舐めるように羽の表面を一気に流れていく。表面フラッシュ現象だ。

 鳥の習性で脂腺から羽に塗り付けられている油分にも引火したのだろう、炎は消えずコカトリスの体に広がって行く。

 炎に包まれおののくコカトリス。ここが勝機とパニック状態の魔獣の背を忍びが駆けあがり、頭骨と頸椎の境めがけて全体重と加速を乗せた苦無を叩き込む。

 ゴリっとした鈍い感触ののち、ブチブチと張りつめた何かが断ち切らていくのが苦無から伝わる。

 操り人形の糸が断ち切られたようにコカトリスの巨体が崩れ落ち、横たわった四肢の末端が短く痙攣し、そのまま動かなくなった。

 炎にのまれてしまう前に、魔獣の眼から突き刺さったままだった苦無を回収する忍び。

 ついでに退治した証しとして鶏冠トサカの一部を切り取り、腰のポーチに収める。

 斡旋所に持って行けば幾らかの報酬が出るだろう、治療費の足しにしよう。

 右手用の苦無を専用鞘に収めようとするが左腕では上手くいかず、結局諦め腰帯に挟んで済ませる。

 煙とともに漂う、魔獣の焼けた肉の臭いが鼻を突いた。

 どこかで嗅いだようなニオイだなと記憶を探るとあるものが結びつき、つい笑ってしまう忍び。

 "――そういえば、コカトリスこれも鶏だったっけ"

 思い浮かべたのは、露天屋台で売られている鶏肉の串焼きヤキトリ

 街に戻って腕を治したら食べに行こうかと、思う忍びであった。 

 

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