クラブ二頭竜 KAC20226【焼き鳥が登場する物語】

霧野

その男、岩本正志②

 

 ここはクラブ二頭竜。


 2頭の竜を左右に配した会員証を持つ者のみが入店を許され、賢人にはわからぬ苦労や重責から逃れて互いに愚痴り合い、労わりあえる憩いの場。


 そんなやさぐれ者たちの店に、扉を叩くものが訪れた。





「たのもー!」




 誰も出てこない。



 男は今一度、声を張り上げる。





「たのもーーーう!!」




「やっだぁ、まさちゃん。道場破りじゃないんだからぁ」


 ドアを開けてくれたのは、クラブ二頭竜のママ、麻里。まだ開店には間があるというのに着物を粋に着こなし、還暦を過ぎたとは思えぬ妖艶な微笑みを向けてくれる。

 背中に紅白の竜の刺青があるとか竜二という名の夫が刑務所にお勤め中だとかさまざまな噂のある、謎の美女である。


「すみません。なんか最近、癖になっちゃって」


 男は頬を赤らめながら、紙袋を差し出した。


「あの、これ……」

「噂の『網焼き大賞』、持ってきてくれたのね、ありがとう。ホントに貰っちゃっていいの?」

「ええ。ビンゴで当たっただけですし、一人暮らしじゃこんなの使いませんから」


 促されてドアをくぐると、店内には常連の面々が勢揃いしていた。


「まさちゃん、お疲れ〜!」

「剣豪、おっつー」

「おい、剣豪はやめてあげなよ。可哀想じゃん」


 目を白黒させる男に構わず、麻里ママは男の肩をぐいぐい押してカウンターに座らせた。


「驚かせてごめんね。実は今日、このお店は貸し切り。まさちゃんが卓上網焼き器をくれるっていうから、みんなに集まってもらったの。というわけで、まさちゃんの残念会 & 焼き鳥パーティーで〜す!」


 常連客たちが手を叩き、口笛を吹く。「よっ! 免許皆伝!」などの野次も飛ぶ。



「ほら、アタシが面白がって『二刀流倶楽部』とかいう都市伝説なんか話題に出しちゃったからさ。そのせいで、まさちゃん……」


 カウンターの向こうでテキパキと準備をしながら、麻里ママは申し訳なさそうに口を窄める。


 仁天一流免許皆伝。二刀流を極めたこの男は、自分にも会員たる資格があると思ったのだった。あちこち調べまくってついにその存在を突き止め、入会するべく倶楽部の門を叩いた。

 だが、結果は惨敗。二刀流倶楽部とは剣の道には関係なく、「2つの分野で」稀有な才能を発揮する者だけが入会を許される秘密倶楽部だったのである。



「二刀流倶楽部なんて、ホントにあるとは思わなかったよ」

「かっこいい会員バッジ、貰えなくて残念だったな」

「だいぶしょげてたもんねぇ」


「みんな……」


 顔馴染みの皆の声が温かい。

 目を潤ませた男は、渡されたおしぼりで顔を拭いた。心なしか、目のあたりを入念に拭いているようだ。


「……俺、諦めない。入会できるようにもっと頑張ってみるよ」


「そうだそうだ」

「その意気や、よし」


 あの倶楽部に見事入会を果たし、この胸にあのかっこいいバッジを。決意を新たにした男は差し出されたジョッキを掴み、一気にビールを流し込んだ。


「よっ、いい飲みっぷり!」

「さすが仁天一流免許皆伝!」




 お通しの枝豆をつまみに生ビールのおかわりを待っていると、店の隅っこに座っていた二人組が飲み物を片手におずおずとやってきた。男の隣に線の細い青年が、その奥に凛々しい印象の女性が陣取る。


「あの、僕……麻里ママの甥で、飯田橋悠人いいだばし ゆうとっていいます。『二刀流倶楽部』の都市伝説を麻里ちゃんに教えたの、僕なんです』

「私、飯田橋美織いいだばし みおりと申します。うちのアホな弟が、すみませんでした。ご迷惑おかけしちゃって」


 姉弟揃って頭を下げるので、男は狼狽えてしまう。


「いえいえ、とんでもない。お陰さまで、良い目標ができました」


 2杯めの生ビールが来たので、なんとなく3人で乾杯する。カチン、とグラスの音が控えめに響いた。



「ところで岩本さん、二刀流倶楽部ってどんな…」

「あっ、悠人!! あんたまさか、その話を聞きたくてわざわざ」

「いや、みお姉、違うよ。ホントに謝りたかったから」

「嘘だね。おかしいと思ったのよ。あんたがそんな殊勝なこと言うなんて」


 勇ましい姉にバシバシ叩かれまくり、悠人は身をすくめて精一杯攻撃を防御している。


「どうせあんた、またくだらない小説のネタにでもしようとしてるんでしょ」

「そ、それは……」

「ほーら見なさい。一丁前に小説家気取りか。どうせ誰も見てやしないのに」


「うっ」

「ぐっ」


 思わぬ流れ弾に当たった男は、シンパシーを感じて青年の肩を叩いた。


「君は小説を書いてるのか。すごいじゃないか」

「あっ、はい。『かくよむ』ってサイトでWEB小説を」


 スマホを操作して、プロフィール画面を見せてくれる。


「ほう。洒落たペンネームだ」

「ありがとうございます。よかったら、読んでみて…」

「あ、俺、小説とか読まないんで」

「あ……そうですか……」


 しょんぼりしてしまった悠人に構わず、カウンターの向こうから麻里ママが声をかけてきた。



「ごめーん、まさちゃん。串打つの手伝ってくれない?」

「え。俺の残念会なんじゃ…」

「わあ、岩本さん焼き鳥の串打ち出来るんですか? すごーい。料理上手な男性って、素敵です」


 美織の歓声に気を良くしたのか、男はいそいそと席を立ちカウンターへ入った。単純な男である。

 が、調理場を見て愕然とする。


「これ、まだ肉も切ってない……」

「だってアタシ、生肉触るのとかムリぃ。だからうち、おつまみもほぼ乾き物しか無いじゃない?」


 ゴージャスなネイルがグラスに映えている。麻里ママは優雅に白ワインを傾けながら片目を瞑ってみせた。

 そう。ここクラブ二頭竜は、何か食べたければ客が自ら出前をとるシステムなのだ。


 男は黙って手を洗った。

 どうにも釈然としないが、卓上網焼き器『網焼き大賞』の電熱線は赤々と、充分に温まっている。ここは剣を包丁に持ち替え、迅速に鳥もも肉を切り分けるべきだろう。



「あら、いい包丁さばき。さすが剣豪」

「よっ! 剣豪日本一!」


 ママの声に反応したのか、カウンターの向こうから掛け声が飛んできた。「剣豪」と聞けば条件反射で囃し立てるお約束でもあるのだろうか。



 ───なんだか涙の味がするな……


 男は迫り来るさまざまな想いを噛み締めながら串を打ち、万感の思いで肉に塩を振った。




 結局、焼き鳥は焼けたそばから他の客に食べられてしまい、彼自身は一本も食べられなかった。

 だが、それでも構わない。と、男は思った。


 皆が焼きたて熱々をハフハフホフホフと美味しそうに食べてくれる様子が、笑顔が、嬉しかったから。

 そして、わざわざ集まって残念会を開いてくれた常連客の気持ちが、嬉しかったから。

 二刀流倶楽部の会員バッジなんて要らない、とは言わないけれど。みんなの笑顔が、俺の勲章だ。



 感涙にくれる剣豪は、麻里ママが開けた店のドアから外へと踏み出した。とうに陽は落ち、あたりはすっかり暗い。家までの道をゆるゆると歩き出す。店のドアが静かに閉まっていく。




「ねえ、麻里ちゃん。岩本さん、優しくて素敵な人だね。いい年してバッジ欲しさに倶楽部入会を目論むところも可愛いし、わりとタイプかも♪」



 ドアが閉まる寸前、美織が呟いたのを男は知らない。


 剣豪、岩本正志。クラブ二頭竜で生まれた小さな出会い。恋への道のりはまだ、遠い。




  終


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