豊穣の夏至祭

黒いたち

豊穣の夏至祭

 北方にある大森林は、「迷いの森」とよばれている。

 そこに住まう妖精ようせいが、来訪者を魔術で惑わせるという。 

 そもそも妖精など存在しない、と言い張る人種もいるが、過去にこの大森林を伐採する事業がいくども発足したが、完遂した業者はいない。

 なぜだか途中で予期せぬアクシデントに見舞われる。

 朽ちた大木がいきなり倒れて重機をおしつぶしたり、大岩が転がってきて重機をおしつぶしたり、イノシシの群れが重機をおしつぶしたり――。

 地元住民には、妖精のたたりだと、まことしやかにささやかれている。


 それはあながち、まちがってはいない。

 あたらずも遠からず、というやつだ。

 朽ちた大木を、ベストタイミングで蹴り倒したのは俺だし、大岩をベストショットしたのも俺だけど、イノシシの群れは俺じゃない。

 野生動物は縄張り意識がつよいから、見慣れない黄色い獣・・・・が目障りだったのだろう。知らんけど。


 年季がはいったウッドデッキによりかかり、森をながめながら紫煙を吐きだす。

 街はずれのこの家は、とても静かで心地良い。

 

「――ヴァン。ごはんできたぞ」

「ありがと、ばーちゃん。これ吸い終わったらいくね」

「その辺に捨てるでないぞ。山火事はおそろしいからな」

「……はーい」


 それ、森人のエルフにむかって言うセリフ?

 俺は笑いをかみころして、携帯灰皿に短いタバコをおしつけた。




「また魚の煮つけ……あ、黒豆あるじゃん! ゆでソラマメまで!」


 ばーちゃんの飯はうまい。

 俺の嫌いな魚一品に、好きな豆料理二品で帳消しになると思っている節がある。 

 森も海も近いこのあたりは、新鮮な食材が豊富だ。

 だから、生臭いものを受け付けないエルフの俺でも、ばーちゃんがつくる煮つけなら食べられる。


『いただきます』


 ふたりで合掌し、黒豆にフォークをのばす。


「うまーい! ばーちゃんのつくる黒豆がいちばん好き!」

「そうか。たんとおあがり」

「うん!」


 ばくばくと食べる俺を、ばーちゃんは嬉しそうに見つめる。

 ばーちゃんちにお世話になっている身としては、なにか恩返しがしたいが、いまのところなにも思いつかない。

 食費は払っているが、それ以上は受け取ってもらえない。


 そもそもばーちゃんは人間だ。

 エルフの俺とは血のつながりどころか、えんもゆかりもない。

 大嵐の夜に、たまたま宿を乞うたところ、快く部屋をかしてくれたのがばーちゃんだ。


 一宿一飯の礼に掃除したら、また泊めてくれた。

 そのお礼に草むしりと薪割まきわりをしたら、また泊めてくれた。

 ばーちゃんは気ままな一人暮らし。家出いえでした息子より、俺といるほうが楽しいと言ってくれる。

 そのまま居心地が良すぎて今に至る。


 食後、俺が食器を洗い、ばーちゃんが自家製のハーブティーを入れる。

 俺が雑草とまちがえて抜いたやつだ。

 後味がスッとして、くせがなく飲みやすい。

 

「ヴァン。来週の夏至祭げしさいはどうするんじゃ」

「もうそんな時期か。どうりで最近、太陽がしずまないと思った」


 夏至祭とは、この地方の伝統的な収穫祭しゅうかくさいだ。

 街の広場にミッドサマーポールと呼ばれる柱をたてて、そのまわりで人々が歌ったり踊ったりする。

 かがり火をたき、音楽隊が陽気な音楽を奏で、太陽がしずまない白夜びゃくやの空の下、夜通しお酒を飲みながら愉快な宴をくりひろげる。


「ヴァンがおるなら、夏至祭のごちそうでも作ろうかの」 

「やったー! 夏至祭のごちそうってなに?」

「イチゴに新じゃが、ニシンやサーモンのマリネ、ソーセージにスペアリブ、それからワインや蒸留酒じゃ」

「……食べられるものがすくなーい」

「好き嫌いはいかんぞ」

「エルフだからでーす」


 ばーちゃんが豪快にわらう。

 俺がエルフだと主張するたびにわらう。

 冗談だと思っているのか、俺の発音がネイティブすぎておもしろいのか、まあどちらでもかまわない。俺もばーちゃんの笑顔が見たいから、わざといっているふしはある。


「人間と変わらんの」

「ええ? 人間より美形でしょ? 男盛りの88歳だよ」


 またばーちゃんがわらう。

 

「88歳じゃて、わしと同じじゃ」

「……うっそ。ばーちゃんそんな若かったの!? ばーちゃんじゃなくてレディじゃん!」

「あんたこんな年寄りつかまえて、いうに事欠いてレディじゃと?」


 おかしくてたまらない、といったばーちゃんの笑顔に、俺も楽しくなってくる。


「ではレディ。夏至祭のダンスのお相手を願えませんか」

 

 両足をそろえて立ち、お辞儀する。

 決まった、と思ったのに、ばーちゃんは冗談だと思って笑ったままだ。

 俺は頬をふくらませる。

 

「ねー、いーじゃん。俺、夏至祭のダンスの相手をみつけるために旅してたんだから」

「街にいけば、いくらでも若い子がおるじゃろうて」

「エルフにとって、88歳は豊穣の年なの! その年の夏至祭で、同い年の異性とおどれば、永遠の加護かごさずけてもらえるんだってば!」


 永遠の加護とは、簡単にいえば全ステータス5%アップだ。

 なんでも豊穣の神が、ピュアな男女のダンスに胸キュンして加護をくれるらしい。

 踊るだけで手っ取り早く強くなれるなら、やらない選択はない。


 残念なことに、俺の育った村には同い年の女子がいない。

 となりのエルフ村に探しに行くつもりが、道に迷ったまま今に至り――正直もうあきらめている。


「ヴァンはカゴがほしいのか。ちょっとまっておれ」

「ばーちゃん?」


 奥の部屋に消えたばーちゃんは、しばらくしてもどってきた。


「ほれ。わしが編んだカゴじゃ」

「ええ、これ…………すっげーいい! おしゃれで頑丈がんじょう! 木の皮とか草だよね!? 自然素材がエルフ心をくすぐるー!」


 “エルフ”をわざとらしくネイティブで発音すると、ばーちゃんがわらった。


「もっとほしければ、倉庫の右上に積んであるぞ」

「マジで!? ……いや、ばーちゃん。マジな話、これ売れるよ――エルフに」

 

 深刻なトーン、からのエルフ。

 ばーちゃんは涙が出るほど笑っている。

 俺もつられて、ひとしきり笑う。


 そうして、考える。

 となりのエルフ村は不明なままだが、自分の村の方角ならわかる。

 たぶん歩いて二日の距離――とてつもなく遠い。


 しかしこのカゴはまちがないくエルフに売れる。

 お金があれば、ばーちゃんは楽になり、もっと楽しい気持ちで夏至祭を過ごせるはずだ。


「――ばーちゃん! ちょっと出てくる!」


 思い立ったが吉日。すぐに倉庫に行って、おおきなリュックにカゴをつめる。

 それをかついで、ポケットのタバコを確認し、戸口で心配そうに立っているばーちゃんを振りかえる。


「夏至祭には帰るから! ばーちゃんのごちそう、たのしみにしてる!」


 そうして俺は、意気揚々とばーちゃんちを出発した。






「……甘かったな。半日歩いただけで、もう動けない」


 大木の根本にすわりこみ、紫煙をはきだす。

 水や食料は現地調達できるからだいじょうぶ――なはずが、ばーちゃんちのごはんに慣れた舌には、渋い木の実は物足りない。


「すでに帰りたい……」


 そのとき、重機の音が聞こえた。

 またどっかの人間が性懲りもなく森を壊そうとしている。

 エルフが森人とよばれるゆえん――森を壊す存在が本能的に大嫌いなだけに、イライラがとまらない。

 舌打ちをしながらタバコを携帯灰皿におしこんで、俺は音のするほうへ跳んだ。


 近づくにつれ、いっそううるさくなる。

 うごいている重機は二台。

 おあつらえ向きに南側の傾斜けいしゃがもろいことがわかり、そこを崩すことに決めた。

 森に気配を溶けこませ、意識を同調どうちょうさせると、傾斜にひびが入った。

 

「――うわあああ!」

「にげろ!」


 轟音とともに悲鳴が聞こえ、後味と胸糞が悪い。

 のろのろしていれば、また次の人間に会うかもしれない。

 それは嫌だ、と可能なかぎり足早に進んだ結果、一日半で自分の村に帰還した。






 ばーちゃんのカゴは大人気だった。

 暖かいふところに、ほくほくと帰り道を急ぐ。

 今日はもう夏至祭、なつかしいばーちゃんちが見えて、間に合ったことにホッとする。

 庭にばーちゃんの姿がみえて、おもわず走りだす。


「――ばーちゃん!」


 ちかづくにつれ、ばーちゃんが誰かと話していることに気づいた。

 高年だががっしりした男で、怪我をしているのか、右手に包帯をまいている。

 しばらく様子を見ようとおもったが、男がいきなりばーちゃんの胸倉をつかんだので、俺は反射的にとびだした。


「――おい! ばーちゃんに何するんだ!」


 男の腕をはたきおとす。

 ばーちゃんを守るように立ちはだかると、男は血走った眼で俺を見た。


「おまえこそ何だ。俺のおふくろだぞ」


 おどろいてばーちゃんを見ると、うなずかれた。


「すでに勘当かんどうしてある」

「法律上は親子だ! つまり、この家と土地は俺の物! これを売れば、俺の会社はよみがえる!」


 勝手な言い草に、俺が言い返そうとすると、ばーちゃんがそれを止めて俺の前に出た。


「大森林には手を出すな! 罰当たりが!」

「森人など信じる耄碌婆もうろくばばあが! あの森を開発すれば莫大な金が手に入る! そしたら一等地に家でも買ってやるよ!」


「――ねえ、おじさん」


 俺の声に、ふたりの目線が集まる。

 

「森に手を出したら、たたられるって知ってる?」

「――ハッ。おまえもそんな迷信、信じてやがるのか」 

「じゃあ、おじさんの足元……その手はなにかな?」

「足元……? なんだこれ!?」


 男が立っている地面から、幾本もの手がのびていた。

 土でできた手は、男の足をつぎつぎとつかむ。


「――うわあああ!!」


 男は狂乱し、土の手をふりはらって、こけつまろびつしながら逃げていった。


「あーっはっはっは!!」


 それを指さして、俺は爆笑する。


「ヴァン、いまのは」

「手品だよ。あー、おなかすいた。ばーちゃんごちそうは?」

「あるぞ。――おかえり、ヴァン」

「ただいま、ばーちゃん」

「……食べ終わったら、ダンスでも踊るか?」

「いいの!?」

「……こんな年寄りでよければ」

「――踊っていただけますか、レディ」


 俺は両足をそろえて立ち、お辞儀する。


「はい、よろこんで」


 おかしくてたまらない、といったばーちゃんの笑顔に、俺も笑いがとまらない。

 にぎったばーちゃんの手は、とてもあたたかかった。

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豊穣の夏至祭 黒いたち @kuro_itati

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