花嫁奪うあのお決まり、やってみた
寺澤ななお
第1話
「ちょっと待ったー!!」
教会での神聖な式の最中、後方の扉が勢い良く開かれる。
そこには一人の男が息を切らし、立っていた。
「君をここから救い出す」
笑顔はない。だか、覚悟を決めた強い目線で花嫁を見つめている。
ゆっくりとヴァージンロードを歩み、花嫁の手を握る。
花嫁は涙を浮かべ、握られた手とは別の手で顔を押さえている。
そして、二人は教会から姿を消した。
新郎はぽかーんとその様子をみている。
その間、教会は静寂に包まれていた……
わけではなく、ところどころ失笑が起きていた。そして、二人が完全に姿を消したあと爆笑へと変わった。
それもそのはずである。
花嫁を連れてったのは80過ぎの
新郎は苦笑いでポリポリと頬をかいている。
予想の斜め上を行くサプライズに多くの人が優しい笑みを浮かべ、拍手をしている。
「新婦のおじいちゃんだよね」
そんな声がところどころで聞こえた。
この一連の流れは、来賓の一人である底辺ユーチューバーの手ですぐさまアップロード。当日中に10万人規模の小盛り上がりをみせ、その後もジワジワと上昇を続けた。三日後に男が死ぬまでは……
男の名は
花太郎は中学を卒業してから80になるまで、大工として人生を全うした。そのことに誇りを持っていた。彼にとっての人生はその時点である意味終わっていて、その5年後に癌の存在を知っても驚くこともしてなかった。
抗がん剤治療も、危篤時の延命も拒否した。
「今まで風邪薬ひとつ飲まなかったのが数少ない自慢なんだ」
男は家族に対してそう言った。家族は男の主張を受け入れた。彼の尊厳を奪いたくなかったからだ。
そこから花太郎の人生はシンプルだった。朝に起床。薄い朝食を噛みしめるように食べる。食後は先立った妻が好きだった小説を好きなペースで読み、昼過ぎに着替えを持ってくる孫の嫁と1時間強の間、談笑した。
昼飯は食べなかった。孫夫婦が何度問いただしても理由は言わなかった。
食べた眠気で談笑の時間を寝過ごしたくなったのだという。死後、看護師さんが教えてくれた。
唯一の肉親である孫は仕事が忙しかったが、週末には必ず顔を出した。
平穏に終わると思っていた花太郎の人生だが、やり残したことができた。
3年間の病床生活をともに過ごした友人である寛平の孫のことである。寛平は一年前に無くなった。そしてその寸前まで、孫の七海の幸せを願っていた。
「暇があったら仕事をしろ。仕事がなければ男でも探してこい」
頻繁に見舞いに来る七海に、寛平が憎まれ口を叩くのは病室の日常だった。七海がいないときの話は当然七海のことばかり。微笑ましい光景だった。
七海も、寛平に愛されていることはわかっていた。だから最後まで寛平に付き添った。
面会時間にめいいっぱい会えるように銀行員をやめ、キャバクラで働くのも苦じゃなかった。
事情を知った常連客からの融資の申し出も喜んで受けた。その後の結婚の申し出も自分の意志で了承した。恋心が少しもないわけではなかった。
だが、頑固親父の花太郎は許さなかった。そして、逃走劇である。花嫁を連れ去るとき、花太郎は言った。
「生半可な気持ちでその衣装着ちゃいけねぇよ。誰も幸せにならねぇ」
花嫁は背負った重荷を降ろすように、わんわんと泣いた。
結婚はご破算になったが、新郎とはいい友人となっているらしい。花太郎の葬式にも二人で仲良く来ていた。
結婚を無理強いしている感覚もどこか出会ったのだろう。元・新郎はスッキリとした表情をしていた。
ーー花太郎の息子である俺はユーチューブを見て、飲んでいたコーヒーを吹き出した。そして会場へ車を走らせ、瀕死状態の花太郎を病院に運んだ。
「もともと88まで生きるのは嫌だったんだよ。八十八で米寿ってなんだよ。本当にめでてぇか?90まで生きられないのはしかたねぇ。だが、ふざけた区切りで人生終えたくねぇよ」
花太郎の最後の言葉である。
お通夜を終えたあと、もう一度ユーチューブ動画をみた。
そこには最高にカッコいい
おれは生まれてはじめて、いいねを押した。
花嫁奪うあのお決まり、やってみた 寺澤ななお @terasawa-nanao
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