命日になる誕生日

なごやういろう

第1話 最終話

今日は私の誕生日。88歳になる。米寿というやつだ。そして今日が命日にもなる。


思えば戦前昭和の初期から平成・令和と激動の時期もあったが過ぎてしまえばあっという間の日々だった。


父は戦争で亡くなった。


寡黙で口数も少ない、どちらかといえば気難しい人ではあったが、私は父の愛情を確かに感じていた。


出征前に私のことをくれぐれも頼むと母へ言い含める父に、


「そんなに言うのなら、ちゃんと帰ってきて自分で面倒見てください」


と、母は返していたものであるが結局父は帰らぬ人となった。


日の光に弱く、暑さにも弱いくせに自分からは何も言わない私は大層母の手を煩わせたことだろう。


田舎で戦争の直接の被害は都会に比べれば少なかったものの戦後の大変な時期である。


それでも母は父への文句を口では言いながらも誰に任せるでもなく、自分一人で私を含めたきょうだいたちを育て続けた。


母は厳しかったが乱暴に扱われることはなく優しい人だった。


ただ一度激情にかられた姿を見たのは父の戦死の報が届いた時だけだ。


父の死にも動揺するでもない、いつも通り変わらず何も言わない私に手を上げそうになったがその手が振り下ろされることはなく、私を抱きしめて泣きに泣いた。母の泣いた姿は後にも先にも他に記憶はない。


そんな母も米寿のせまった87歳で亡くなり私はついに母の年齢を越えてしまった。


母の性格からすれば「よくやった!」と言いそうなものだがなんとも言えない気持ちになる。


誕生日を祝う実家には大勢の親族が集まり宴が始まるのを今か今かと待ち構えている。


きょうだいが合図とばかりに私に手を伸ばす。


そうして私の封は切られ命日となる。


父が息子のために誕生日に合わせ作り、父の字で『米寿祝』と書かれた封に願いのこもった酒。それが私だ。


88歳おめでとう。

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