充恋器

@ramia294

   

   『僕…』


  心に、穴でも空いているのでしょうか?

 この年齢になっても、恋愛経験がありません。


 二十歳で、僕は奥手かも知れないと思い、二十五歳で焦り出して、三十歳を目前に、諦めました。


 この場合、機械のアシストを使います。

 工学部卒の僕は、知識と技術、勤めている会社の材料をちょっぴり無断で拝借して、作ってみました。


 名付けて、充恋器。

 お家で、充電。

 その後、自分の胸のポケットに入れます。


 スマホの半分の大きさ。

 形は、真四角。

 小さな箱を胸に、いつも通りの生活。

 恋する気持ちが、充恋器を身に付けた人の心に少しずつ送り込まれます。

 送り込まれるのは、恋する気持ちだけ。

 相手は、自分で見つけなければ、いけません。


 充恋器を付けて、1週間。

 通勤途中の電車の中。

 反対側のホームに、とてもきれいな女性を発見。

 普段は、それだけで過ぎていくのに、僕の胸は、いつまでも彼女の事を気にします。

 毎日、彼女の姿を探します。

 充恋器の影響?


 ある日、僕の足は、勝手に動き出しました。

 彼女の前に進み出てしまいました。

 怪訝けげんな彼女の顔。

 僕の勝手に動き出した手は、充恋器を彼女に押し付けました。

 僕は、いったい何をしているのでしょう?


 身体のコントロールを取り戻した僕は、情けなく、その場から逃げ出しました。

 その日、僕は会社をサボリ、彼女と出会った駅のホーム。

 ベンチから、立ち上がる事が出来ませんでした。

 全身の力が抜けたように、立ち上がる事が出来ません。


  『私…』


 いつものように、いつもの時間。

 毎日同じ電車に乗って。

 毎日同じ車両に乗って。

 毎日同じドアの前。

 周囲の方は同じ顔。

 少し疲れた方々。

 こんなに多くの人たちに、囲まれながら感じるのは…。

 孤独です。

 職場も、一人暮らしのあの部屋も、通勤電車のこの時間も、私は孤独に負けそうです。


 熱い視線を感じます。

 私の通勤途中、電車待ちのホーム。

 反対側のホームに、滑り込む電車。

 ドアに寄りかかるあの人。

 今までだって、見ていたはずなのに、意識なんてしなかったのに、最近になって、熱い視線を感じます。

 私だって女の子。

 熱い視線に胸が、ドキドキ。


 その日、電車に彼の姿は、見当たりませんでした。


 彼の会社が、お休みでしょうか?

 それとも、今日はお寝坊さん?


 熱い視線を感じました。

 振り向くと、彼がすぐ傍に。

 告白されるのでしょうか?

 それともいきなり抱きすくめられて…。


 私の返事は、イエスです。


 ところが、ところが…。

 彼は私に、小箱を渡しました。

 いったいこの小箱は、なんでしょう?

 彼は、とても赤い顔。

 逃げるように、走って行ってしまいました。

 拍子抜けした私の気持ち。

 ホームに電車が、滑り込みました。

 小箱を胸のポケットに。

 電車に乗り込みます。


 何故でしょう。

 胸のポケットから、とても温かいものが、私の胸に流れこみます。

 頬を濡らすのは、涙?

 どうして?

 悲しい事の心当たりが、ありません。

 では、これは喜びの涙?


 次の駅で降りて、涙を拭いて、あの駅に戻りました。

 小箱が、あの人の居場所を教えてくれました。

 ホームのベンチに座るあの人。

 私は、あの人の目の前に。

 驚く顔。

 立ち上がるあの人。

 私は、小箱を彼の手に。

 彼の手は、少し冷たく、少し震えていました。

 あなたは、私を孤独から、救ってくれる王子様。

 私だけのヒーロー。


 私の返事は、イエスです。


 『僕たち…』


 それから、しばらく…。

 僕たちは、結婚しました。

 僕の作った、充恋器。

 失敗作の様でした。

 持った人が、恋を出来る様に。

 恋心をその胸に送り込む様に、設計したつもりでした。

 でも、持った人の恋心を吸収して、離れたお相手に、飛ばします。

 お相手が、直接触れると、あなたの恋心をその胸に、熱く熱く、流し込みます。

 僕の作ってしまった物は、充恋器ではなく、恋心中継器の様でした。


 僕の作った恋の中継器。

 あなたもひとつ持ちませんか?

 おしゃべりした事のない憧れのあの人。

 見つめるだけの恋。 

 もう、卒業です。

 恋の中継器。 

 あなたの恋心は、その人に飛んでいきます。

 熱い思いは、少しづつ伝わります。

 そして…。

 あなたの恋のお相手に、どうぞプレゼントしてください。

 お相手が、手にした瞬間、あなたの恋心が直接、熱く、その胸に流れこみます。

 あなたの恋心を伝えます。

 その時から、あなたはその方だけのヒーローです。

 二人の孤独が終わります。

 よければ、ひとつお求め下さい。

 あなたの本当の幸せ、お求め下さい。


 失敗作の充恋器。

 僕の変身アイテム。

 彼女だけのヒーローに…。

 僕は、変身出来ました。

 

         終わり💓


 

 


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