KAC20225 若林颯太の日常

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 朝起きて若林颯太が最初にやる事は、スマホゲームのログインボーナスの受け取りである。その数は約30タイトル程。真面目に遊んでいるのは二つ三つで、それ以外は惰性で続けている人気タイトルか、話題の新作だ。


 ログインボーナスの中にはその日だけ回せる無料ガチャも含まれている。30タイトルも遊んでいれば、なにかしらのゲームで大規模なイベントやキャンペーンをやっており、まとまった数の無料ガチャを回す事が出来た。


 起き抜けの頭は半分以上眠っているが、ログボの受け取りと無料ガチャは完全に習慣化されているので、颯太の指は自動化された機械みたいに端末を操作した。

 個々のタイトルで見れば当たりを引く事は稀だが、全体で見ればそうでもない。ほとんど毎日のようになにかしらの当たりを引く事が出来る。


 予定調和の運試しのようなものである。

 その結果に一喜一憂している内に目が覚める。

 昨日貰った売れ残りの弁当を適当に食べると、身支度をしてバイトに向かう。

 ラインには母親からメッセージが届いていて、孫はまだかとか、まだフリーターをやっているのかと、百万回聞いたような小言が並んでいた。


「っち。うっせぇな」


 小声で毒づくと、颯太は既読無視を決め込んだ。

 最寄りのバス停に着くと、小説投稿サイトを開いて更新された話を読む。それはバスに乗り込み、目的に着くまで続いた。


 あー。異世転生してぇ。

 ご都合主義の楽しい世界に浸った後、いつものように颯太は思った。

 なにもかもをリセットして、チートを貰い、もっと楽しいマシな世界に転生したい。そこで俺ツエーをして金持ちになり、可愛い女の子とハーレムを築いて不自由なく暮らすのだ。


 セックスしてぇ。ツイッターで今日の炎上ニュースやフォローしているVチューバーのツイートを確認しながら、そんな事を思う。


 颯太はいまだに童貞だった。彼女が出来た事もない。出来る気配も。きっと一生出来ないのだろうと漠然と思う。女なんかと付き合ったって面倒なだけだ。結婚はもっと最悪だ。ユーチューブは毒嫁毒夫に対する愚痴や文句をまとめたゆっくり動画で溢れている。


 でもセックスはしてみたい。一度でいいからしてみたい。違法ダウンロードしたエロ漫画やエロ動画でシコっていると、憧ればかりが募る。おっぱいをしゃぶってみたい。ちんこをしゃぶって貰いたい。風俗に行けば叶うかもしれないが、そんな金はない。


 バイト先の弁当屋に着くと、颯太はぼそぼそと挨拶をして厨房に入った。正社員が一人にバイトが三人。颯太以外は全員女だ。一人は高校生くらいの年齢で、もう一人のバイトと正社員は颯太と同じくらいの年齢だ。


 女同士で固まって、颯太なんかいないみたいにぺちゃくちゃお喋りをしている。やれ昨日のドラマがどうだとか、俳優がどうだとか。颯太はテレビなんか見ないので、全く話に加われない。


 除け者にされた気持ちで不貞腐れながら、ひたすらフライを揚げる……フリをしながら若いバイト尻を盗み見る。ぱつぱつのジーパンは、眼力を込めれば尻が透けそうに思えた。


 バイトが終わると颯太は売れ残りの弁当を貰い帰宅した。帰りのバスで同じようにネット小説を読み、憂さ晴らしに辛口の批評をレビューに書く。稚拙な文体、爽快感のないざまぁ、なよなよした主人公。なんであんな作品がランキング上位に居座っているのか理解出来ない。あんな話なら、俺だって書ける。今まで一度だって小説の類を書いた事はなかったが、颯太は確信していた。


 安アパートに帰宅すると、颯太はデイリークエストを消化し、それが終わるとお気に入りのVチューバーの配信を再生しながらパソコンの大人気FPSゲームを始めた。


 そこそこの期間遊んでいるが、颯太のランクは下の上と言った所だ。だが、颯太は自分の腕が悪いと思ったことは一度もなかった。不公平なマッチングで敵ばかり強く、こちらにはいつもヘボな味方がやって来る。大体、強い奴はみんなチートを使っているのだ。そうでなければ、あんなに早くエイムを合わせられるはずがない。機材の問題もある。強い奴はPCやモニター、マウスなんかに高級品を使っているのだ。同じ条件なら、自分だってもっと良い成績を出せる。それに、強い奴は引き籠りのニート野郎だ。働きもせず、一日中ゲームばっかりやっているから、上手いのは当然だ。


 言い訳を並べさせたらプロ級の颯太である。連敗を重ね、たま勝つと自分のおかげだと満足する。そうしている内に夜が更けた。


 颯太は貰って来た弁当を食べ、違法ダウンロードサイトでオカズを探してシコッた。やましさなど欠片もない。みんなやっている事だ。


 そして寝る時間になる。

 昨日と同じ今日だ。

 明日と同じ今日だろう。

 こんな毎日がずっと続くかと思うと颯太は死にたくなった。


 転生したい。

 誰か俺の人生をリセットしてくれ。

 とにかく働きたくない。

 毎日ぐーたらしてゲームをしてユーチューブを見て暮らしたい。


 年金が貰えるようになれば、そんな風に生きられるだろうか?

 正確な年齢は知らないが、まだまだ先の事である。

 大体、そんな年齢まで生きていられるかも分からなかった。


 医療や科学の発達で平均寿命が延びたからとか言って、しょっちゅう年金を貰える歳が引き上げられていた。後出しジャンケンのインチキだ。税金を払っているのが馬鹿馬鹿しくなる。


 不貞腐れた気分で布団に潜り込むと、携帯が震えた。

 母親からのラインで、誕生日おめでとうと書いてあった。

 プレゼントにお小遣いをくれるらしい。


 自分は誕生日プレゼントなんか一度も贈った事がない癖に、颯太は貰って当然だと思っていた。ともあれ、ありがとうと返しておく。


 しかし、俺ももう88歳か。


 大昔なら、とっくに年金が貰える歳らしい。

 なんていい時代だろう。

 そんな時代に生まれたかった。

 そんな風に思いながら、颯太は眠りについたのだった。

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KAC20225 若林颯太の日常 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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