にんじんピザと消えた馬の謎
小早敷 彰良
謎と深夜は料理によく似合う
通話の呼び出し音は、ツーコールでつながった。彼らの通話はいつもこうだ。深夜一時であろうと変わらない。
「もしもし。石川です」かすれた声の女が、スマホ越しに問いかけた。
石川は外にいるのか、風の音がした。
「はい。綾野」優しく低い声の女が応じる。
綾野の背後では、レンジの回るブーンという音が聞こえる。
「綾野ちゃん、こんな時間に料理をしているの」
「無性に食べたくなってね」
「忙しいのに、自炊して偉い」
「まあね」
「何作っているの?」
「当ててみ」
「綾野ちゃんの料理を背景音から? 難しいね」
石川は忍び笑いを漏らした。
綾野の背後で、ちん、とレンジが温めを終える合図がした。
「それでいしちゃん。今日は何の用?」
「うん」
怪盗の窃盗手段を教えてほしい。
その申し出は、この二人にとっては突飛なものではなかった。二人の共通の趣味は、謎解きだ。
「ふうん。聞かせて?」
「うん」
厳重な警備の牧場から、一晩で馬が一頭消えた。
牧場の柵には1mの高さまで、無数のセンサーが張り巡らされ、人が通れば即座に警察が駆けつける手はずになっていた。
業者のなかに怪盗らしき人物がおり、入口から堂々と入るところは撮影されていたが、出るところは目撃されていない。
「牧場内に、その怪盗がまだ潜んでいるとかは?」
「しらみつぶしに探した。見つからない」
「だから、この時間なんだね。お仕事お疲れ様」
予告状を出した怪盗に対抗し、現場に待機していた警察官の一人、石川は笑った。
「空から脱出したとか?」
「現場は山間の風が強い場所でね。馬を運べるほどの大型ヘリは入れない。そもそも、そんなものいたら、私たちもわかるよ」
「馬に張り付いていなかったの?」
「牧場主さんが、馬にストレスだろーって。同じ理由で、人感センサー式以外のカメラもつけられなかった」
「うーん。それで盗まれるとは難儀な」
綾野の包丁が小気味のいい音を立てて、何かを切っている。
石川は、綾野の料理を当てるよう、出題されているのを思い出した。
「固そうな野菜だね。大根かかぼちゃとか」石川の質問。
「根菜なのはあってるよ」
ぺたぺたという音の後、ぼふんと音をさせた。綾野は何かをこねた後、ひゅんひゅんと風切り音をさせている。
「本当に何作っているの?」
「もう少し考えて」
「難しい。馬の事件で疲れているんだけど」
「難しくない。私はその謎、解けたんだけど」
石川が数分間、黙っている間、綾野はぺたぺたと何かを塗っていた。
「ギブアップ。答えを教えてよ。怪盗の手口も、料理も」
馬に乗って逃げたんだ。綾野は事も無げに言った。
「馬は競技用のハードルが1.6m。怪盗が狙うくらい名馬なら、それくらい造作もないほど跳躍力がある」
石川の背後の風音が大きくなる。彼女は通話越しに叫んだ。
「さすが、私の名探偵!」
綾野は、困ったら自分を頼ってくる友人が、事件現場まで走って帰っているのだと気がついた。
「作っていた料理はピザだよ。にんじんピザ。今日は帰ってこられないなら、焼かないで冷凍しとく」
「なに、にんじんピザ?」
「にんじんが余ってね。ピザでも焼いてみようかと」
「出題するなら、一般的な料理を作ってよ。でも助かった、ありがとう。冷凍よろしく!」
そう言うと、石川は慌ただしく通話を切った。かかってきた時と同じく、唐突な終わり方でも、綾野は慣れた様子だった。深夜一時五分のことだった。
仕事帰りのピザは香ばしく、しかもにんじんのおかげで甘くヘルシーで、あまりの美味しさに綾野は歓声をあげた。
「あ、そういえば、馬ならにんじんが好きってのは間違いだって話したかったの、忘れてたや」
仕事で使わなかった、名馬に与えるはずだったのに残されたにんじんはまだ、たっぷりあった。綾野は、二枚目を焼いて食べることにした。
怪盗の仕事で使った道具を片づけるのは、その後にしよう。
にんじんピザと消えた馬の謎 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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