ポッとでの短編

ぶちうさぎ

優しいもの

 昔々、1匹の猫がいました。

 その猫はとても素直で心優しい猫でしたので、よく他の動物に騙されて、利用されても気づかずに、馬鹿にされても、笑って許していました。


 そんなある日、猫のもとに一通の手紙が届きました。神様からのようです。

『今度、1月弐日、私の屋敷で宴会を開きたいと思います。あなたの他にもたくさんの動物を招きましたので、はやいもの勝ちで12、私の屋敷に訪れた者たちにだけ、門を開きましょう。そのものたちには1年交代でその年の王様になってもらいましょう。日の出から門を開いておきます。

 ぜひ、来てくださいね。』


 手紙を読んだ猫は大喜びで、さっそく準備をはじめました。

 

 猫は、神様と他の11匹のために、山から取ってきた山菜と、川から取ってきた魚、それととっておきなときに使おうと大事に残していた香辛料をたくさん使って、美味しい料理を作りました。

 それから、猫は水浴びをして、いい匂いのする花のつゆで体を洗い、体を拭いて乾かしたら、1本1本毛並みを整えて、危なくないように爪を研いでおきました。

 仕上げにお気に入りのリボンを頭につけたら準備万端です。


 いつの間にか時間は1月1日の夜になっていました。

 間に合わなかったら大変だと、猫は傑作の料理を片手に出発しました。


 月が見守る中、歩みを進めていた猫は、倒れた人間に会いました。

 

「人間さん人間さん、どうしたのですか?どこか痛いのですか?」

 猫はすぐに駆け寄って人間の体を揺らしました。

「うぅ...。お腹が減ってしまって、もう動けないのです。私はここで死んでしまうのでしょうか」

 どうやら人間は飢えて苦しんでいるようです。

 猫は、人間がとても可哀想に思えて、料理を分けてあげることにしました。

「人間さん、どうかこの料理を食べてください。これで元気をだしてください」


「ありがとう、猫さん。いただきます」

 しかし、人間は一度料理を口につけると、

「不味いなぁ、この料理は」

といって、猫を突き飛ばしてしまいました。

 その拍子に料理を地面に落としてしまいました。

 それでも猫は、

「お気に召さないようでしたらすみません」

とほほ笑みを浮かべています。


「ちっ、馬鹿が」

 人間は舌打ちをしてどこかに去ってしまいました。


「せめて地面についていないところだけでも」

 そう言って猫は落ちた料理を拾いました。


 そしてまた、神様の屋敷へと歩き出しました。

 トボトボと。それは孤独なものの背中でした。



 ついに猫は神様の屋敷に着きました。

 ぎりぎり日の出前でなんとか間に合ったようです。

 安心した猫は早く並ぼうと扉の前に立つと、耳を疑ってしまいました。

 なんと扉の奥から笑い声が聞こえてくるではありませんか。

 「どう、して...」

 猫はそこで膝を折って座り込んでしまいました。


 日が完全に昇りきった時、猫の横で、ぎぎぎ...と門が開きました。

 すると中からやけに上機嫌なねずみ、のんびりと顔を赤らめているうし、飛び跳ねているとらを始めとして、うさぎりゅうへびうまひつじさるとりいぬいのししたちがでてきました。

 みんなが明るく笑っています。


 そこで子が猫に気づいたようでした。

「おうおう、猫様が重役出勤のようだ。ずいぶんな大遅刻ですな」

 ハハハハハ、と笑い声が響く。

 猫が戸惑った様子で、声をかすれさせながらみんなに尋ねました。

「え、宴会は今日じゃないのですか。手紙にだって弐日だって」

「まぬけだな、猫は。気づかなかったのか?俺がお前の手紙を1日から弐日に書きかえたんだよ」

 子は馬鹿にした様子で答えます。

 猫は先程の人間を思い出しました。彼も宴会に呼ばれていながら競争に負けてしまったのかもしれません。それであんなにひどいことをしたのだと。

「そん、な」

 さらに子は追い打ちをかけていきます。

「それになんだその料理は。そんな物、神様が食べるわけがないだろう」


 ハハハハハ

 笑い声を上げながら12匹は帰っていきました。


 猫の目からは長い間流れていなかった涙が溢れていました。

 誰に罵られようと、誰にいじめられようと、流れなかった涙が。

 やけに冷たく感じる涙が。

 猫は声を上げて泣きました。


 猫は本当は、他の誰かに騙されていたのもうすうす気づいていました。馬鹿にされても平気なをしていただけなのです。

 だれよりも優しい猫の心は、同時にだれよりも寂しがり屋で、繊細で、弱かったのでした。


 とても、とても、傷ついていたのでした。

 

にゃー......... 

にゃー.........


 数刻でしょうか、それとも数分でしょうか、猫が泣き続けていると、何故か門が開きました。

ぎぎぎぎぎ

「どうしたのですか」

 やけに透き通った声が猫の耳に届きました。

 猫が顔を上げると、そこには神様がいました。

「随分と泣いていたようですね。とりあえず、屋敷にお入りなさい。それではあなたのきれいな毛並みが汚れてしまいますよ」

 神様が屋敷の中に猫を招こうと呼び掛けましたが、猫は断ってしまいます。

「それはできません、神様。私は時間に間に合わなかったのです。神様の屋敷にあがらせていただく資格は私にはございません。それに競争に負けてしまった他の動物達に申し訳ないのです」


 よわってしまった神様は、どうしたものかと辺りを見回すと猫の横にある包みに気づきました。

「猫、それは何ですか」

 猫はさらに涙を流してしまいました。

「これは、神様とほかの動物達と宴会で一緒に食べようと作った料理です。しかしここに来る道中で落としてしまいました。ですのでどうかこれの事はお忘れくださ、神様!?」


 神様は猫の作った料理に手を伸ばしてそれを口に運びました。

「神様、いけません。そんなものを食べてしまっては体を壊してしまわれます」

「いいのです。私に作ってくださったものなのでしょう?なかなか美味ですよ」

 笑顔で神様は言いました。

「かみ、さま。ありがとう...ございます」

 猫は驚いて止まった涙もまた溢れだしてきました。

「どうだ、屋敷の中でまた振る舞ってはくれぬか」

「はい...、はい!」


 猫と神様は屋敷の中に入りました。


 猫は神様の屋敷でお風呂を借りて体をきれいにしてから、早速料理に取りかかりました。


 しばらくして、神様の屋敷からはいい匂いが漂っていました。

「神様、完成しました」

 猫の料理はそれは見事なもので人間の都のお貴族さまが食べるものよりも豪華でした。あまりに見事なご飯でしたので、

「これは素晴らしいです。」

とおっしゃいました。


「どうぞ、召し上がってください、神様」

 神様が料理を口に運ぶと、

「美味しい」

と思わず口から漏れていました。

「ありがとうございます」

 猫は、さっきまで泣いていたのが嘘みたいに笑顔でした。


「ところで猫、先ほどはどうして泣いていたのですか?」

 食事もちょうど切りよくなったところで神様は尋ねました。

 猫は言葉につまってしまいました。

 もしいってしまえば神様は彼らを怒ってしまうかもしれない。もしかしたら十二支を失くしてしまうかもしれない。それでは彼らが可哀想だ。

 どこまでも優しい猫は彼らを思っていました。

 神様はそんな猫の心情を読み取ったのでしょう。

「大丈夫ですよ、猫。私は彼らを怒ることはあっても、彼らにヒドイことをすることはありません」


 そう言われた猫は思わず、神様に話してしまいました。

 彼らの事だけに止めるつもりがしかし、今までの辛かったことを全て話してしまいました。

 〇〇さんにヒドイことをいわれて悲しかった。嫌なことをされて辛かった。とっても怖かった。と。

 神様はずっと聞いてくれました。だれの事も否定せず、だれの事も肯定せず、ずっと。

 たまにうなずいては、猫を撫でながら。

 猫はそれがとても心地よく感じられて、嫌だったこと以外にもたくさんよかった話をしました。


 猫はきっと、誰かにこの苦しさと、幸せを聞いてほしかったのでした。


 猫の眼からは涙がポロポロと落ちてきました。きれいな毛並みを濡らしながら。

 それはとてもとても、あたたかい涙でした。満ち足りた涙でした。


 いつの間にか日が変わっていて新しい太陽が顔を出していました。

 話疲れた猫は神様の膝の上で寝てしまいました。

「お疲れ様、ゆっくりおやすみなさい。人に優しくすることはとっても大事なことです。でも、自分にも優しくしなさい。いつか擦りきれてしまいます」

「本当に優しいだけの人間なんていません。優しい人こそ、心に見えない深い傷を負っていたりするのです。誰かに優しくする時、自分を犠牲にしているのです。自分を分けているのです。自覚がなくとも」



「ありがとうございました、神様。なんだか胸の奥が晴れた気がします」

 目が覚めた猫はちょうど帰るところでした。

 神様は猫を見送りに来ていました。

「いいんですよ。あなた達が少しでも幸せになってくれるように私は祈っていますから」

 猫はまた笑顔を咲かせました。


「またいつでも来てください」

 神様が猫を誘いますが、

「とても嬉しいですが、とんでもないです。私は1動物にすぎないのですから」

「なら、来年のこの日、私に会いに来てください。それならいかがですか?」

 猫はとても喜びました。

「それなら許していただけるのなら」

「約束です。それとこのことは私達の秘密ですよ」

 そう言って、神様は人差し指を鼻の前でピンと伸ばしました。


「最後に猫」

「なんでしょうか」

 猫は神様の声に振り返りました。

「優しいものはときにその優しさが報われない扱いを受けることがあります。でもいつか、あなたが他のものたちにするようにあなたに優しくしてくれる人物が現れます。もしそのようなものが現れたのなら、大事にしなさい」



 こうして猫は、今まで通り誰にでも優しく接し続けました。他のものたちに馬鹿にされることはありましたが、悲しい気持ちにはなりましたが、今までのように深く傷つくことはありませんでした。自分の苦しさを受け止めてくれる方がいるからです。

 何年か経った今でも猫は十二支たちが新年のお祝いを終えたあと、こっそりと神様の屋敷に通っていたのでした。もちろん、とっておきの料理を片手に。


 いつの間にか、屋敷へ向かう影が1つから2つになるのはまた別のお話。

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