竜の血《ドラゴン・ブラッド》の果実
水定ゆう
竜の血より生まれる『ドラゴニック・スープラ』
いつもより少し早く、俺が店の中に入ると、そこには誰もいなかった。
「今日は誰もいないのか」
今日は水曜日。
うちの定休日だから仕方ない。
しかし店の中からは、異様な匂いがしていた。とんでもなく、つらい匂いだった。
「厨房の方から?でもこんな日に、一体誰が……」
気になった俺が厨房に入ると、その瞬間俺は目の奥が痛くなった。
「うわぁ!」
目の奥から涙が出てくる。
しんどい。しんどすぎる。
一体何が起こっているのかと、俺は薄く目を開けた。するとそこには、うちの料理長の姿がある。ヴァンパイアのキィーラだ。
「キィーラ、なに食べてるの?」
「あら、リョウマ。今日はお店は休みよ?」
「休みだからって、オーナーが来なくてどうすんのさ。それより、キィーラこそこんな時間に起きて大丈夫なの?」
キィーラ・ヘルサイスはヴァンパイアだ。
そのため、昼間は活動せず夜活動する。夜行性タイプのため、キィーラが夕方とはいえ、こんな時間に起きているのは珍しかった。
「ええ。これを食べているからかしらね」
「それって?」
「
ヤバい。要素が多すぎる。
まず、その名前のインパクトだ。確かに見た目はドラゴンフルーツのようだけど、その色は中も外も真っ赤。心臓のような形をしていて、キィーラの口元からは真っ赤な汁が垂れている。
次に魔界産の超高級食材というパワーワード。一般人が聞いたら、100%首を傾げ、オタクしか喜ばないよ。
それから、七大魔界珍味がまかさの七つもあるの!ってとこだ。
普通三つでしょ。三大でしょ。トリュフ、フォアグラ、キャビア的なやつだよ。
と、色々言いたいことはあるが、今回はあえてスルーする。いちいち聞いていたら、朝になるかもしれないと思ったからだ。
「じゃあさ、この匂いはなに?」
「匂い?そんなものするかしら?」
「するよ。もしかして、その果実せい?」
俺はジトーっと疑いの目を向ける。
半目になる俺に、キィーラはこう言った。
「そんなに言うなら食べてみなさいよ」
そう言われ、別の竜の血を投げ渡された。
俺はなんとかキャッチして、しぶしぶ口の中に入れる。食べなかったら、大鎌で斬られるかもだ。
「い、いただきます」
パクッ。
俺は一口
そして一瞬、口の中に溢れたのはさっぱりとした甘みだ。だけどそんなもの秒で忘れてしまうぐらい、辛さが喉を焼いた。
「か、辛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
痛い。辛いじゃなくて、痛い。喉の奥が破裂するような痛みが襲いかかった。
目からは大量の涙と、口の中には辛さしかない唾液。さらには鼻水が溢れ、汗が噴き出る。こんなの人が食べるものじゃない。唐辛子なんて目じゃないよ。
「か、ぐはぁ!み、水!」
「馬鹿ね。水なんて飲んだら余計に辛くなるでしょ。ほら、これを飲みなさい」
渡されたのはミルクだった。
俺は一気にそれを飲み干すと、口の中から喉にかけてスーッと痛みが消えていく。
「まったく。それ、一つ2000ギラするのよ。キロだと8000ギラ」
「8000、ギラ?マジで」
8000ギラってことは、日本円にして8000円だ。
なかなかに高い。あと2000円でも足せば、良いサイズのスズキが買えるんですけど。
「こんな辛いの誰が食べるのさ」
「魔族は食べるわよ?」
「しかもそんな希少食材、なんでキィーラが持ってるの!」
「私が天然物の生息地の土地と権利を買ってるからよ。今日はせっかくだからと思って、ここでスープを作ってたのに」
「スープ?」
そう言えば、木の実を食べるまでは変な匂いはしなかった。しかし厨房の中は、もう鼻がイカれているせいでわからないけど、強烈な匂いが
その原因は、スープを煮込んでいたからだとすぐに察しがついた。
「す、スープ?」
「そうよ。言っとくけどね、本当はスープにするなんてもったいないのよ。この実を一つ食べれば、一週間分の栄養を
「マ?」
俺は口が固まって、動かなくなる。
そんな凄いの。えっ、俺食べたよ。でも辛すぎて、食えたものじゃないけど、大丈夫かな?
「そんな心配しなくても良いわ。豚骨ベースのスープに砕いて入れただけよ」
「そ、そうなの?」
「ええ。ちょうど今煮込み終えたところね」
キィーラは火がかけてあった鍋を開けた。
すると先ほどまでとは明らかに違う、匂いがした。美味しいとかじゃない。辛いよ。辛すぎるよ。
「き、キィーラ?」
「ほら、食べてみなさい」
俺は鼻を摘んでいたが、キィーラに無理矢理よそったお
断りきれず、俺はお椀を受け取ると、キィーラの目を見ながらゆっくりと飲むことにした。
「い、いただきます!」
「はい、召し上がれ」
まあ逃げられない。
こうなったらやるしかない。勇気を振り絞って、俺は一気に飲み込んだ。
すると強烈な辛味成分が口の中をパチパチ弾ける。だけど意外に飲めた。
「お、美味しい?」
俺は目を丸くしていた。
さっきまでとは明らかに違う。ちゃんと飲めた。しかも身体がポカポカしてきて、血行が良くなる。
「そりゃあそうよ。一体誰が調理したと思っているのかしら」
「スープが良い。豚骨って言ってるけど、少しとろみがある。水炊き片栗粉入れたのかな」
「ちょっと聞いてるの?」
「聞いてるよ。でも上手くすれば、お客様にも提供できるかも」
「い、いやそれはちょっと……ねー」
しかし俺の耳にはその声は届かなかった。
頭の中が幸福感に満たされて、脳が働いていなかった。だけど身体だけは元気で、不思議な感覚だ。
健康になっていく。それが体感してわかるのは、面白かった。
竜の血《ドラゴン・ブラッド》の果実 水定ゆう @mizusadayou
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