お爺ちゃんが「88には無限が二つある」と言った。
クマ将軍
これが僕のお爺ちゃん
「もうすぐ誕生日だね」
「そうだなぁ」
明日、祖父は誕生日を迎える。
88歳になる誕生日だ。
白髪だらけの髪に、しわくちゃな顔。
幼少の頃から接して来た祖父は変わらないように見えて、年を経る事に着実に変わっていた。その変わりようを僕は複雑な目で見つめる。
高齢になった人間はいつ死ぬか分からない。そう思ってしまったのは、ここ最近僕の知り合いが次々と亡くなっていくのを経験したからだ。
つい先日僕の友達の祖母が亡くなり、友達が泣いていたのを思い出す。他にも幼い頃遊んでくれた近所のお婆さんや、お爺ちゃんの友達まで老衰で亡くなっていく。
まるで代替わりのように、お爺ちゃんの世代が次々と僕たちの前から消えていく光景に、僕は恐怖を抱いてしまった。
時間が流れていくのが怖い。
年が経つのが怖い。
加齢していくのが怖い。
特に、僕のお爺ちゃんがいなくなるのが怖い。
そう、思ってしまう程だった。
「誕生日、楽しみだなぁ」
笑うお爺ちゃんを複雑な気持ちで見る。
お爺ちゃんの健康は問題ないように見える。
模範的な生活に、健康的な食生活を続けていたお爺ちゃんは、僕のような若者と生活をしても体力的な疲れを見せた事がない。
それでも僕は、まだまだ死なないだろうという安心感がある一方、いつ『その時』が来てしまうのか考えずにはいられない。
お爺ちゃんが今年も加齢するまで生きてくれた事に喜ぶべきなのに、加齢してしまう事に悲しみを覚える僕はとんだ不謹慎野郎だ。今すぐこのような考えを捨てるべきなのに、まるで接着剤のようにくっ付いてしまった考えは取れない。
恐らくそれが顔に出たのかもしれない。お爺ちゃんは僕の様子に疑問を浮かべて、僕を心配するような言葉を聞いて来た。
「どうした? さっきから元気がないぞ?」
「……お爺ちゃん」
言うかどうかの逡巡した後、僕は決心してお爺ちゃんに聞いて見た。
「お爺ちゃんは、怖くないの?」
その言葉を聞いたそれだけでお爺ちゃんは僕が何に悩んでいるのか勘付いた。そして僅かに悩んだ素振りを見せたお爺ちゃんは、意を決して口を開く。
「怖い、怖くないかと言えば、お爺ちゃんは怖くないな」
「……え?」
「お爺ちゃんはな、歳を取るのが楽しみなんだ」
お爺ちゃんの言葉に僕は耳を疑った。
詳しく聞けば、お爺ちゃんのお父さん……つまり僕の曽祖父が理由らしい。
曽祖父は医者だったらしい。
健康面に関して厳格で、礼儀に厳しかった。
お爺ちゃんも曽祖父の前では形なしだったと笑っている。
それでもお爺ちゃんは曽祖父の事を心の底から尊敬していたのだ。
医者として生きて来た曽祖父は数々の人々を救って来た。お爺ちゃんはそんな曽祖父に憧れて、医療業界に入ったと言う。
そこからは曽祖父の人生をなぞるかのような生き方をしてきた。だいぶ歳を取ってから結婚し、子供を儲け、80過ぎまで生きる。ここまでは曽祖父と同じ人生だ。
ただ曽祖父と違うのは、曽祖父は87までしか生きられなかった事。
「分かるか? お爺ちゃんはな、明日でひい爺ちゃんよりも長生き出来るんだ」
たった1歳。
されど1歳。
曽祖父の人生をなぞるように生きて来たお爺ちゃんにとって、明日の誕生日はまるで本格的に自分の人生が始まる日らしいのだ。
「そう考えると88という数字が特別な数字に見えるな。よく見れば88には無限が二つあるように見える」
「何言ってんの?」
確かに
「恐らく人生でこれほど無限が関わる年齢はないだろうな」
「……そうだね」
でもだからこそお爺ちゃんは明日の誕生日を楽しみにしていた。
曽祖父より長生き出来た日であり、自分の人生がこれから始まる日。
「無限が二つある歳になるんだ。先に逝ったアイツらに自慢出来るな」
「ははは……」
お爺ちゃんは加齢していく運命を楽しんでいた。加齢していくのは当然の事で、重要なのはこれからどう生きるのかが大事だとお爺ちゃんは言う。
「そういえばお前ももうすぐ誕生日だなぁ」
「……そうだね」
来月で僕は18になるんだ。
「無限の可能性がある歳だ」
「そうだね。お爺ちゃんには及ばないけど」
「はははこやつめ」
お爺ちゃんの話を聞いて僕はこれからの未来に希望を馳せる。
どんな可能性の未来に行くのか楽しみだ。
◇
88という数字は確かに無限の可能性があった。
ちょうど88歳になったお爺ちゃんは、長年研究していたとある難病の治療法が実を結び、世界的に有名になってしまったのだ。
まさにお爺ちゃんの人生が始まった瞬間だった。
「な? お爺ちゃんの言った通りだろ?」
お爺ちゃんが「88には無限が二つある」と言った。 クマ将軍 @kumageneral
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