第2話「新米メイドのシンディ」

 王国首都アムスタハム。その片隅にひっそりと看板を掲げる人材派遣会社ホワイトエプロンズ。

 メイドを主とする使用人を、それを求める人々のもとへ派遣する会社であるホワイトエプロンズの事務所へ、今日、一人の少女が面接に訪れていた。


「それでは面接を始めるわ。まずお名前を教えてくれるかしら」


 書類にまみれた執務机に両肘をついて問いかけるのは、太った大柄の女性――この会社の代表者、要するに社長である。彼女は妙に似合っている片眼鏡越しに、目の前に座る小柄な少女を見つめていた。


「はいっ! 名前はシンディ・アシュレイです! 特技はお片付けで、趣味はお裁縫。部屋の掃除は大得意です!」


 対して、ハキハキとした声色を弾けさせているのは、近くに大きな女性が座っているという点を考慮しても、なお小柄な少女だった。

 眩しい金髪を輝かせ、銀色の丸縁メガネをかけた、小さな女の子である。


「へぇ? 使用人になるために生まれてきたみたいな自己紹介ね。今はいくつ? 前はなんのお仕事をしてたの?」

「えっと、歳は十六で、前は……あぁ〜……前は、何もしてませんでした。これが生まれてはじめての仕事ですっ」


 シンディがはじめての仕事ですと言ったとき、社長の女性はにやりと笑った。シンディは貼り付けたような笑顔をそのままに、心中で首を傾げた。


「ふふっ。隠さなくてもいいのよ? 私はこの道四十年。面接する子の前職ぐらい聞かなくてもわかるわ」

「えっ……?」


 瞬間、シンディは意図せずして身構えてしまった。無意識に身の回りの武器になりそうなものを探して、社長の持つ羽ペンが首を刺すのにちょうどよさそうだと考えてしまった。

 が、どうやら、とんでもない勘違いだったようで。


「不躾だけど、娼婦でしょう? 隠すようなことじゃないわ。元娼婦の子なんて、山程いるもの。自分の過去を恥じることないのよっ。ふふふっ」

「えっ、あぁっ……あはっ、あははっ。そう! そうなんですよ! ななっ、なんでわかったんですかぁ〜? ははははっ……」


 無理やりな笑い方でその場を誤魔化すシンディ。自分の自意識過剰が恥ずかしくて、ほんの少し、彼女の顔は赤くなっていた。


「座り方に話し方、それとその笑い方を見れば一目瞭然よ。あなた、笑うとき口を手で隠すでしょう? 娼婦の子は自分の口の中を見せたがらない。虫歯とかを隠すためにね。あなたも同じだと思うわ。どう?」


 確かに、シンディは自分の口の中を他人に見られたくないが故に、笑うときは口を手で覆う。理由は虫歯ではなかったが、見事な推理だった。


「すごいですね……探偵になれそうですっ」

「探偵から教えてもらったのよ。あぁ、そうだ、話の途中だったわね。あなたの採用はもう決まってるわ。いつから働けるのかしら」

「いつからでも働けます! 明日からでも、今日からでも!」

「良いわねぇ〜。やる気満々って感じで。それじゃあ、さっそくあなたの勤め先を探してみるわ。大丈夫よ、若い女の子は引っ張りだこだから。きっとすぐ見つかるわ。よろしくね、シンディ」

「はっ、はい! よろしくおねがいします!」


 シンディは立ち上がって勢いよく頭を下げた。よろしくおねがいします。この一言をきっかけに、彼女の新しい人生が始まった。



 †



 首都の喧騒から遠く離れた辺境の地。

 静かで落ち着いた自然の一部のその一帯。そこに佇む上品な雰囲気のお屋敷に、一台の車とそこから降りてきた二人の女性が立っていた。


 一人は大柄のピンク色のスーツの女性。そしてもう一人は、新品のメイド服で可愛く着飾った小柄な女の子。もちろん、ホワイトエプロンズの社長と彼女が世話している新米メイドの少女シンディである。


「どう? きれいでしょう。今日からここで暮らすのよ」


 シンディは自分の新たな勤め先であるハリー・ダントンの邸宅を訪れていた。

 子女はおらず、屋敷には老いたダントン夫妻と一人のメイドしかいない。広い屋敷を老夫婦とメイド一人だけで管理するのは難しかったらしく、ちょうどよく求人が出ていた。

 求。若くて活気あるメイド。男性でも可。

 シンディにとってはこれ以上ないほど的確な求人広告だった。


「あぁ〜〜らっ、いらっしゃい! あなたがシンディね。会えて嬉しいわぁ〜っ!」


 輝く瞳で屋敷を見つめていたシンディのもと、そんな声が飛び込んでくる。年老いた女性の声だった。

 なんだと思って視線を下げると、そこには、園芸用の作業服を着た、大きなハサミを持った女性がちょこちょこと駆け寄ってきていた。


「私はマリー・ダントン。ダントン夫人と呼ばれているわ。よろしくね、シンディっ――」


 声を弾ませてシンディの手を取る女性。マリー・ダントン。

 だが、急に手を握られたためにシンディは反射的にその手を弾き飛ばしてしまった。

 まるで汚いものにでも触れてしまったような素早さで自らの右手を後ろに引いて、空いていた左手は無意識のうちに拳の形にしていた上、いつでも殴れるように振りかぶってしまっていた。悪い癖である。


「あっ、ごめんなさい! 私、その、悪気はなくて……」


 慌てて頭を下げるシンディ。そんな彼女に対して、しかしマリーは笑顔を返した。


「可哀想に。きっと、今まで酷い扱いを受けていたのね。でも平気よ。ここには、あなたを脅かすものはなにもないわ。安心してちょうだい」


 そう言って、マリーはシンディをゆっくりと抱きしめた。

 底知れぬ優しさと愛情がシンディの小さな体を包み込む。季節は真冬も真冬のはずなのに、彼女の身も心も、とても心地よく暖くなった。


「あっ、あっ……。ありがとうございます……っ」


 シンディが言えば、マリーはうんうんと優しい笑顔で頷いてから、彼女の頭を、まるで小さな子供にそうするようにぽんぽんと撫でた。


「大丈夫よ。さっ、お屋敷を案内するわ――社長、とっても良い子を連れてきてくれてありがとう。感謝しているわ」

「馴染めそうでなによりだわ。それじゃあ、私はもう帰るわね。なにかあったらいつでも連絡ちょうだいね」


 そう言い残し、社長の女性は大きなお尻を揺らして車に乗った。

 残されたシンディは、マリーの手に引かれて、自分の新しい住処――ダントン邸へと足を踏み入れていった。

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そのメイド、元SSSランク暗殺者。 ―舐めてた相手が実は最強の暗殺者!! 知らなかったとは言わせない。お前が私から奪った分、私はお前から奪ってやる― 憂鬱うれい @Urei_Chan

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