エリア八十八
日乃本 出(ひのもと いずる)
エリア八十八
ここは、エリア八十八――――。
命知らずの無法者共が集う場所――――。
俺たちゃ、仏様と手を切って、地獄の閻魔様と手をとった――――。
人生の酸いも甘いも嚙み分けた、史上最強の精鋭部隊――――!!
俺がここまで口上を述べたところで、口上を聞いていた一人の男が声をかけてきた。
「あんた、どうやら死地をくぐりぬけてきたんだね? あんたからは、そんな危険な匂いがぷんぷん漂ってるよ」
「ああ、そうさ。何度も何度も、死ぬような目にあってきた。だが、そのことごとくを、俺は持ち前の度胸で切り抜けてきたもんさ。しかし、あんたもどうやら死地を何度もくぐりぬけてきたらしい。じゃなきゃあ、そんな匂いをかぎ分けることなんてできやしないからな」
「へへっ。わかるかい。俺は主に、海の死地を何度もくぐりぬけてきた。あんたは、どこだい?」
「俺は空さ。こう見えて、撃墜王なんて呼ばれた戦闘機パイロットさ」
俺たちの会話を聞き、もう一人の男が会話に入り込んできた。
「あんたたち、海と空の勇士かい。俺は陸で色んな死地をくぐりぬけてきた」
なんてこった。すると、こういうことか。
「つまり、ここには、陸・海・空と、歴戦の勇士が集っているということか」
俺のこの一言に、二人の勇士は身を震わせた。
「おお……! ならば、一つでかいことでもやろうじゃないか!」
「そうだ! 俺たちがそろえば、不可能なんてない!!」
なんという、心強い二人だろう。確かにこの二人の言う通り、俺たち三人がそろえば、不可能なんて何もない。
「よし! ならば、計画を話そう――――」
俺がそう口走った刹那、
「あらあら。お元気がよろしいことですね。今度のレクリエーションの練習ですか?」
と、若い女性が俺たち――いや、わしたちに声をかけてきた。
「おお、職員の方。ええ、今度のレクリエーションは演劇をやろうということになりましてな。そこで、わしたちの若かったころを演じてみようと考えておるのですじゃ」
わしの言葉に、他の二人も、そうじゃそうじゃと賛意を示した。
「そうなんですね。皆さまが若かったころといいますと……」
「うむ。まさに戦争真っ只中ですな」
「そうでしたね。私たち若い世代は、戦争の現実を知りません。ですから、今度の皆さんの演劇で、学ばせていただくことにいたします」
「そうしてくださると、わしらもやる気がでるというものです」
わしがそう言うと、若い職員はわしらに会釈をし、去って行った。
ここ、特殊老人介護施設『国士米寿の里』は、兵役を負ったことのある八十八歳以上の高齢者専用の施設で、通称『エリア八十八』という名で呼ばれている。
この施設に入っている者は、先の戦争を生き残った勇士たちの集いともいえ、同じ世代と同じ死地をくぐりぬけた者同士、実に楽しく過ごさせてもらっている。
やはり、長生きはするものだ。人生の終着点まで来て、このような居心地の良い場所に巡り合えるとは。今のわしらの楽しみは、先ほどのような若い職員に、わしらの青春時代を知ってもらうことで、あの凄惨な歴史を知ってもらうことなのだ。
わしは大きく息を吐き、二人に言った。
「さて、それじゃあ演劇の流れを説明するぞ…………」
エリア八十八 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo
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