第4話猫は化けると考える
何処かの猫は考えた。
何処かのネコも考えた。
考えているうちに寝転んでいた。そのまま昼寝した。
知らず時間が流れた。
太陽は何度も上って、疲れたように落ちていった。月は猫ノ眼の様に細くなり、開き、再び細くなるのを繰り返した。
猫は生きた。
ある猫は月を眺めて生き続けた。
ある猫は仲間の命が流れていくのを見ながら生き続けた。
ある猫は人の命が散っていくのを隣で見ながら生き続けた。
猫は生きた。
神様の下へと逝くこともなく、自分の時間をただただ生き続けた。
ふと、誰か言った。
「猫が化けたようだ」
長く永い時間を生きた猫は尾を割かせ、化けてしまった。二股に分かれた尻尾。長い尻尾も短い尻尾も関係ない。化けネコと呼ばれる彼らには普通の猫にはない二本目の尻尾がある。
踏まれやすくて嫌になるにゃぁ。
そんな声も聞こえないこともない。彼らはヒトの言葉も話せるのだから。
地域のボスネコさえも頭が上がらず尻尾も巻いてしまう猫界の親分。それが化けネコであった。
化けネコとは別に火車と呼ばれるネコならざるネコもいたが、そっちはちゃんと職を持っていたため話が別となる。全国へ出稼ぎに行くため、猫としてはかなり忙しいらしい。
火車は葬式や墓場から死体を奪う妖怪として名を馳せていたため、神様としては高級ネコ缶で誘き寄せてとっとと転生してもらいたいネコちゃんであった。
火車は真面目で仕事熱心であったようだ。
話は戻るが、化けネコは猫である。
ちょっと長く生きてしまった猫である。どれだけ長くと言えば、猫の抜けた毛の本数ほどの年である。誰も数えたことはないが、例えばそれくらい長くということだ。
それだけ長く生きれば、ほとんど死や転生などという言葉とは無縁となる。彼らにとって「死」とは、世界から消えるということなのだ。
化けネコたちは見た。
次の転生を夢見て眠りにつくヒトの子らを。ネコの子らを。
時に今生を全うし、時に今生を諦め魂たちはこの世を去っていく。そして、化けネコたちにとっては一欠伸にも満たない次の瞬間にその魂たちは転生してこの世に産まれ落とされる。落ちた魂はいとも容易く砕けて天へと上っていく。
化けネコたちはそれをじっと見ていた。
誰だって死にたくない。
誰だって死にたい。
命はいつだって矛盾を抱えてきらめいている。揺らめいている。
その輝きが美しいからこそ、神様は気紛れに「転生」という可能性を与えてしまったのかもしれない。
化けネコたちはその「転生できる」という権利を放棄した。変わっていく世界の中で変わりものの代表として居続けた。
化けネコは見た。何度も何度も転生を繰り返す世界を。
疲れきった世界で猫に転生した魂は二度と戻ってこなかった。猫に産まれ、生き、眠った魂は、神様の下へ辿り着くとみんなこう言った。
「猫がいいです」
「ネコでいいです」
「ねこしかいや」
こうして永遠と猫であり続けるのである。
何度ロードキルしても、ハゲても、デブっても、おやつと戯れに飽きても、猫は猫として生き続けるのだ。その末に、次の転生先も猫にすると言うのである。
それはなぜか。
猫はするりと逃げて語らない。
化けネコは言う。
奴等は何も考えていないのだにゃ。
猫がいいというわけではない。ただ、猫になると何も考えられなくなるのである。
猫は何も考えていない。
それがよくて、それでいいのだろう。
猫は猫だ。いくら転生前が有名な学者であっても猫に転生してしまえばただの猫。何も考えていない。
考えることを放棄した転生猫たちは幸せなのだろうか。それは彼らの顔を見ればわかるだろう。彼らは立派な猫だ。
猫に憧れた人は猫に転生した。沼にはまって永遠と猫に転生することを繰り返した。
そして、猫が好きな人は決して猫に転生しようとはしなかった。猫が好きな人は猫になりたいわけではない。猫を愛でたいだけなのである。愛くるしい猫を見ていたいだけなのである。
なにより、そういう人たちは知っていた。
猫が何も考えていないということを。
一度コタツに入れば脱出は困難をきたす。
一度猫になってしまえば、永遠に猫転生ルートを巡り続ける。
それはそれでいいのだろう。
第何次転生ウェーブ猫の乱であった。
にゃお~~~ん
化けネコは言う。愚かに殺し合って、罵り、互いに無益に傷つくよりは、こんな世界の方が幾分かましなのだろう。
何も考えず、日なたぼっこをして気ままに過ごす。そんな幸せを、なあ? 忘れがちではありませんかにゃ?
何かを成したくなったその時に、次があるとは限りませんにゃ。その瞬間のために立ち上がる力を温存しておくのも、なあ? 必要な戦術ではありませんかにゃ?
今宵も月を眺めよう。飽きたら雲を追ってネコジャラシの森へ迷い混もう。
そんなことを言う化けネコは、何処かの神様が転生した姿であったりもする。
今日も何処かの誰かが亡くなった。墓では火車がせっせと亡骸を掘り起こしている。
そんな日常を横目で見ながら、化けネコは隣の町へと脚を伸ばすようだ。
天へと魂が上っていった。
明日は何処かで子猫が産まれそうだ。
二股の尾が月を追って路地裏を駆けていった。
音もなく、駆けていった。
転生先はいつも猫 犬屋小烏本部 @inuya
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