義母【リリー】

「アラジンのようだと、笑いますか?」


 凍てついた空気を吸いながら尋ねる。多少は年齢が重なっているはずなのに、それを思わせないほどの美魔女が答えた。


「そうね。ポッと出のコソ泥だと思うわ。でも、笑わない」


 いや、と言って首を横に振る。冷ややかな眼差しを受けて縮みあがった。


「笑えないわよ。夜中にメイドの目を盗んでアイスを食べるバカが家にいたなんて」

「ごめんちゃい」


 高級パジャマで思わず正座する。両腕を組んで仁王立ちされると威圧感があった。


「一応、仮にも、この公爵家の人間だと言われているなら、軽率な行動くらい慎んでもらいたいわね」

「あい」



 彼女は義母の【リリー】。大胆な性格で行動力のある実践家。ご覧の通りホワイトのことを気に入っていない。扼殺エンドがあるぐらいなのだから仕方ないだろう。



「お義母かあさんは何しに来たの?」

「水を飲もうとしていたのよ。メイドに命令しても良かったけど、たまには自分で見てみようかしらと思って来てみたら……」

「天然水がなかった、と」

「泥棒猫がいただけよ。勝手に人の話を取らないでちょうだい」

「え、猫!? モフモフだった!?」

「毛並みそのものだけは悪くないけど品のない女」

「ヌッコ下僕派の私としてはどんな子も愛おしいぜ」

「だから公爵令嬢がそういう言葉を使うのは止めなさい」


 空気に慣れてきたためさっさと立ち上がって口止め料を冷蔵庫から引っ張り出した。


「まあまあマッマ、そこいらにあったホットミルクでも飲んで共犯になりやしょ」

「たった今冷蔵庫から取り出したように見えたけど?」

「今から私のラァブで温めるです」

「断固拒否するわよそんなの」


 抗議の声を無視してマグカップと鍋を棚から盗む。メイドの説教は明日の自分に任せればすむことだ。

 勝手知ったる顔で準備を進めていると声をかけられた。


「……随分手慣れているわね。再犯?」

「コーヒーメーカーを公式で使ったことはあるけど、キッチンをお忍びで使うのは初めてよん。ここに来る前は手伝いとかしてたの」

「あっそ」


 聞いてきたのはそちらなのに興味なさげな反応をされる。


「そういえばさ、植物園のスプリンクラーみたいなやつはどういう仕組みなん? あれ入った瞬間にメチャクチャ集中砲火されるんだけど」

「それ識別魔導具に不審者認定されているのよ。心当たりは?」

「最初に盗撮機と間違って殴っちゃった」

「器物損壊未遂」


 リリーは個人で花園を所持していた。基本的には使用人が世話しているものの、彼女本人の得意魔術属性が【活性化バフ】であることを活かして美しく保たれている。


「まあ訴えられなきゃこっちのもんよ」

「所有者を前にして良い度胸ね」

「ごめんちゃい」


 魔導具というのは魔術が付与された道具のことだ。リリーがスプリンクラーにも用いているのは識別魔術と呼ばれる、地球で言うところのセンサー機能。


「ここ最近は男爵令嬢と一定の距離を保ちながら尾行しているっていう噂も聞くし……とんだ疫病神になりそうな女を、どうしてあの人は……」

「尾行だなんて!! 私はただウォッチングしたり尊みで発狂したり布教したりしているだけなのに!!」

「良かったわね公爵家として受け入れてもらえて。そうでなかったら今頃牢獄にぶちこまれているわよ」

「え? 未成年のバブゥなのに」

「少年院の間違いだったわ」


 額に指先を当てて、彼女は深くため息をついた。



 リリーと父は政略結婚らしい。

 らしい、というのは設定資料集で流し読みした部分がうろ覚えだったためだ。


 生粋の貴族で公爵家に嫁ぐことが出来るのは誉れ高いこと。そこに至るまでに、彼女は相当な苦労を負ってきただろう。


 そんな人間に対して、単なる運でやって来ただけの平民なんて。

 穢れた生い立ちのくせに、無条件で受け入れられる存在なんて。



「疫病神って言ってもなー。私マッマの息子二人をちゃんと可愛がっているつもりなんだけど」

「本当にそうだったら、ミストが『ジャパニーズホラー・サダコの習性』なんていう本を相手に不馴れの炎魔術を繰り出す訳がないと思うのだけれど」

「人の善意を燃やすだなんて! 読む本がマンネリ化してきたって言うから自作してあげたのに! リアルネットだったら炎上なんだぞ、炎魔術だけに!!」

「最期の晩餐はインクでも飲めば良いわ。それにオーキッドの場合は遊ばれているのではなくて?」

「義兄ちゃんには遊ばれてあげているんですーだ。あと、なしたってインクのご指名?」

「負け犬の遠吠えってこういうことね。無機物パート2の紙がお好み?」

「ありとあらゆる意味でワオーン……」


 炎魔導具-カセットコンロ的なアレ-の準備も出来た。あとは追加の甘味を入れて温めるだけ。


「蜂蜜かきび砂糖のどっちがええですか」

「……はぁ?」


 彼女の声が尖る。しまった、と思った瞬間に指摘された。


「キビザトウって何?」


 動きが止まる。



 考えないようにしていた、という表現の方が正しいだろう。推しがいるから大丈夫と言い聞かせていた節もある。


 けど。


 母親が、父親が、妹が、友人がいて。


 ……いたのに。



「グラニュー糖の亜種みたいなやつ。庶民の間で極々たまに使われているんだよ」

「あっそ」


 興味が無いのなら聞かないでほしかった。ホットミルクを作る際の癖は直しておこう、と決意する。


「あ、蜂蜜めっけ。とりま入れときまーす」


 返事すらしてもらえないまま高級品をぶちこむ。このゲームの世界線は中世ヨーロッパ風だが、分かりやすくするためか現代日本の要素がたまにあった。


 火力を若干強めながら話しかける。


「ところでママさん、温かい物を飲んだら暑くなるッスよね?」

「アイスクリームなら食べないわよ」

「ぴえん……なら、お黙りあそばせて……」

「久々にベルの出番のようね」

「ぱおん……じゃあ、なしたってホットミルクは搾取していくスタンス……口止め料じゃなかったん?」

「あなたが勝手に作り出したんじゃない」

「ごもっとも……」


 冷血無慈悲。しおしおとなりつつ湯気が浮かんでくるのを待った。


「最近パッパとはどうなん? 修羅場?」

「そんなわけないじゃない。普通よ、普通」

「えー。貴族のフツーは私のフツーとは馴染まんのだけど」

「自分で感覚は擦り合わせなさい。勝手に転がり込んできた分際で」

「勝手に招かれたって主張することは許されん感じ? 確かに初日で『乙女ゲーじゃねえか!!』って叫ぶ元気はあったけど」

「あれ結局何だったの?」

「推しに会えるかも知れない大興奮」

「見張り兼護衛が必要かも知れないわね、あなたには」

「ぴえーーーん……」


 この家の人間は白をモチーフにしているのではなかったのか。語彙力が刃となって襲ってくるのだが。無邪気で無垢ゆえなのか。


 鳴いていると、視界がやんわりと白くなる。湯気が顔面に直撃してきているのだと気付いて魔導具を止めた。

 花柄と黒猫柄のマグカップに液体を注いで完成だ。出来映えに満足して持っていく。


 しかし、主人公体質は裏切らない。


「あっっっ」


 半年経っても慣れないパジャマの裾を、踏んづけた。


 顔面から地面に激突する。上部からの熱湯を覚悟した。


 けれど、いつまで経ってもそれが来ない。

 ゆっくり顔を上げると。


「いつまでボサッとしているの? さっさと飲んで寝なさい」


 さも当然と言わんばかりに魔導でマグカップ二つを回収している聖母がいた。


「ママーーー!! それ出来るなら娘も庇ってくれて良くない!? 頭からゴチッていったのゴチッてぇぇぇ!!」

「うるさいわよ」

「ぱおーーーん……」


 鳴き声が虚しい。



 家では嫌われ者。けれど攻略対象からは愛される、シンデレラストーリーの主役。

 でも。自分自身が実際に望むのは、そんな寂しいハッピーエンドじゃなかった。


 まだまだ高校生だったのに。家族から自分を奪ってしまったことが心残りで。


 義理だとしても。彼女ははおやには嫌われたくない。それが本音で、構ってほしいのだ。


 リリーはそれに勘づいたから、わざわざこうして自分がホットミルクを作り終えるのを待ってくれていたのか。

 真偽は分からない。でも、そう思うことにする。




「うわスッゲーなめらかで甘くて美味しい! 私天才じゃんね!?」

「使った物の品質でしょ。こんなの普通よ」「貴族のフツーすげえ」

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ヒロインの推しは悪役令嬢 緋衣 蒼 @hgrmao

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