奥二重ちゃんの暴論と雨音
夏緒
奥二重ちゃんの暴論と雨音
ぱ た、 ぱた ぱたぱ、たっ
と、深夜にも関わらず遠慮がちに降り始めた雨の音が、閉めた窓の向こう側から聞こえてくる。
ベッドのなかで丸くなっているきみを抱き枕にして寝ようと体勢を変えると、不意に布団から目を閉じたままの顔を出したのでぼくは少しおどろいた。
「わたし、88歳になったら死のうと思うの」
なんて?
「……、あー、 なに?」
「だからね、わたし88歳になったら死のうと思うのよ」
「うん、あの、なんでだろう」
寝る前に変なこと言い出したな。これ、聞いたほうがいいんだろうか。
「わたしほら、平成8年8月8日生まれでしょ。だから、88歳の誕生日のときに死んだら、8月8日88歳で8が揃うじゃない」
「なにそれ。ゾロ目で揃えたいの?」
「そうなの。面白くない?」
いやまったくわからん。
「ああ、そうだね」
「でも問題は年のところなのよね。元号がうまく8年で重なってくれたら完璧なんだけど。ねえどう思う?」
ごめんどうとも思わない。寝ようよ。雨音が響いて子守唄みたいに余計に眠気を誘うんだけど、きみにはこの音聞こえないのかな。
「そうだなあ、」
「88歳くらいになったらさあ、目のあたりも窪んだりして、わたしの奥二重も二重になったりしないかしら」
いやいや、質問しといて答え聞かんのかい。
せっかくうつらうつらしていたのに、話しかけてくるから目が覚めてきてしまった。薄目でその顔を覗き見ると、きみも眠そうに両手で両目を擦っている。ぼくはいつもその仕草を見かけるたびに、リスみたいでかわいいと思う。奥二重、ぼくは好きだけどな。
「88歳ってさ、なんかお祝いしてもらう歳じゃなかった? なんかゾロ目だと祝うよね」
「あっそうか、そしたら祝ってもらったあとに死んだほうがいいのかな」
「祝いにくいだろ」
段々とろんとしてきたきみの声を聞く。寝る前に未来の話を想像するにしては、ちょっとあまりにも先のこと過ぎやしないか。だいたい60年後くらいだろ。せめてその間の話をしてからにしようぜ。
「あなたもさ、ゾロ目で死んだらどう? そしたらおそろいよ」
ええ〜、死ぬ日指定されてしまった。しかも寝たよこのひと。ぼく起きたのに。
つまりなにか。ぼくは平成9年9月9日生まれだから、99歳で死ななければいけないのか。
ちょっと無茶じゃないかなあ。だってほら、いくら高齢化社会とはいえ、99歳はちょっと頑張れる気がしない。だって考えてもみてくれよ、きみが先に88歳で死んでしまったら、ぼくは残りのおよそ10年をひとりで生きなければならないじゃないか。そんなのありかよ。男のほうが平均寿命短いんだぞ。
「おーい、寝ちゃったの?」
ほっぺをつんつんつついてみる。力の抜けたそれはあまりに柔らかくて、ぼくは水まんじゅうを想像する。
閉じた目は二重の線がうっすらと見える。ぼくはすり、と脚を絡ませてみる。動く気配がない。本当に寝てしまったみたい。
ぱたっ、ぱた、ぱたぱたぱたぱたっ
雨はやまない。ちょっと強くなってきたかもしれない。
おーい。88歳までは一緒にいてくれるっていうプロポーズだと捉えてもいいんですか。
男の未亡人ってなんていうんだろ。
でもきみ知ってるのかなあ。死ぬ死ぬっていうやつに限ってめちゃくちゃ長生きなんだぜ。どうせならきみの88歳とぼくの99歳を交換しないか。そのほうがぼくは色々と頑張れる気がするんだけれども。
ああでもそうすると、今度はきみがひとりでおよそ10年を生きなければいけないのか。それはちょっと可哀想だな。
「ううーん。仕方がない。なんとかして88歳で同時に死ぬか」
そしたらまずは88歳までなんとかして生きなければ。寝よ。
おやすみ、奥二重ちゃん。きみのコンプレックス、ぼくは好きだから、88歳になってもできれば奥二重でいてほしい。
おわりっ
奥二重ちゃんの暴論と雨音 夏緒 @yamada8833
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