きょうの一皿(か二皿かもっとたくさん)
anti_afro
第1話 どっかのレトロな喫茶店で実は一番人気のたまごサンド
食べる事が大好きだ。
毎日の筋トレはただただ太りにくくするために筋肉量を増やしているに過ぎない。
別にモテたいとかそういう下心で始めたわけではない(下心がないとは言わない)。
何よりも食だ。
食べることが好きすぎて節制ということができないので、逆の発想をしてみたのだ。
今のところ弊害もないどころか、筋肉触りたいとか言われることもあってとても気に入っている。
そんな俺が特に好きなものといえばカレーだろう。
子ども大好きメニューは大人だって大好きメニューだ。
小さい頃からずっと大好きだったが、すっかり成人して大人風を吹かせていたある日、未だカレーを作ると毎回ムキになって食べ過ぎてしまう自分に気付いた。
誰も取らないのに……。一人暮らしなのに……。
調理器具もろくに持っていないのだが、作る時は唯一の宝具・でかフライパンでなみなみ一杯作ってしまう。
一人暮らしでカレールウ毎回一箱使いきるのは結構レアらしいことを最近知った。
それでも最後、白飯と卵とチーズをぶち込み、きれいに浚って食べてしまう時は少し寂しくなる。
小さな一人用の食卓ででかフライパンを抱えながら、次はいつ作ろうかと考えてしまうのだ。
さて、そんな俺だが、今はやけにサンドイッチが食べたい。
普段食べつけないが、サンドイッチも好物の中に入るだろう。
カレーと違い、なかなか口に入らないのは、ひとえにコスパ、この一言に尽きる。
サンドイッチって、いかんせん腹が膨れない。
同じ値段を出しておにぎりなんかを買った方が腹もちでは遥かに勝っている。
また、食事時間という点においても米に軍配が上がるだろう。
やはり咀嚼回数が多いと満足感が高くなるんだろうな。
サンドイッチは一瞬で食べ終わってしまってなんとも味気ない。寂しいのだ。
そうだ! 俺は寂しいのだ!!
しかもその割に値段は米よりも張りがちだ。
まあ、米を水で炊いただけの飯と、バターだの塩だの粉だのを混ぜて発酵させて焼いたパンに、更に具材を挟むという途方もない過程を経たサンドイッチの価格に差があるのは当然のことだとも思うが…。
まあそんなわけで、貧乏性な俺はなかなかサンドイッチを食す機会がない。
低価格帯の食べ放題にもサンドイッチはほぼ存在しないし。
……代わりに絶対カレーがあるのはなんなんだろうな。
オリジナル全部乗せ山盛りカレーは、エンターテインメントだから、それはそれでいいか。
槙野 一(まきの・はじめ)、本日のビッグイベントは高級ホテルのランチビュッフェであります。
高いところはすごいな。なんか床全部に絨毯敷いてあるし。
一瞬もっとちゃんとした格好で来た方が良かったんじゃないかと不安になった。
ほら、ドレスコードとかあるのかな的な。なかったけど。
こういうところってバイキングじゃなくビュッフェっていうんだな。
ビュッフェ。かっこいい(気がする)。
でも周りを見てみると、ビュッフェといえど中身はバイキングなわけで、みんな思い思いに好きなものを好きなだけ食べてるのは同じらしい。安心した。
席へ案内され、まずはセルフ式でない、ちゃんとメニューを見て注文するタイプのフリードリンクを、聞いたことのない名前の紅茶で注文する。
味も香りも生産地もイメージできない。
料理は置いてあるだけじゃなく、コーナーまで行けば高いコック帽を被ったシェフっぽい人が目の前で焼いたりしてくれるものもあるらしい。
あの肉の厚みはバイキングの厚みじゃない……あっビュッフェだったな……。
俺はゆったりとした歩みでサラダっぽいコーナーに向かった。
別に余裕を装っているわけではない。バイキングヘビーユーザーの俺には色とりどりの現実離れした料理の数々が刺激的すぎるのだ。
到着してみると、サラダのコーナーの充実感が半端ない。なんだこれ。
葉っぱだけじゃなくてスモークサーモンとか生ハムとかチキンっぽいのとかがゴリゴリ入ってる。
これはサラダじゃない。前菜だ。
味の付いたものはとりあえず全種類味見したいが、俺の胃は耐えるだろうか。
今日は諦めた方がいいかもしれない。
高級すぎて味付けが謎の場合を考慮し、ごく少量ずつ盛ってみるがそれでも一皿はすぐに埋まってしまった。
普段、葉っぱコーナーをほぼスルーして肉とか揚げ物とかカレーのところに行ってしまう俺にとってはレアなことだ。
メインも豪華だ。
好きなだけ食べさせて本当にいいのかと尋ねたくなる厚切りのローストビーフ、サワークリームとかよくわからないソースまでかけて出してくれる。
こっちで焼いているのはサーロインのステーキか。色々と食べられるように焼き加減も絶妙だ。えっ、焼き加減選べるの!? まじで!?
ホテル内のベーカリーから届くパン、なんとかかんとかのリゾット、パスタやピザもある。
そしてその並びに……、あった!! サンドイッチ!!
見慣れた食パンで挟んだのだろうBLTもあれば、丸い形のパンをスライスしてスモークチキンやレタス、オリーブを挟んだものもある。
すごいな、高いところはサンドイッチまで食べ放題なのか。
俺はサンドイッチとサーロインステーキの皿を持って席に戻った。
目の前には都合三皿が並んでいる。
向かいの席には、小食にも関わらず付き合ってくれた遥が座っている。
「今日はなんだか健康そうなメニューで安心するね」
緑多めの前菜の皿、サンドイッチと小ぶりのサーロインステーキが並ぶテーブルの上を見て遥が言った。
遥なら、俺がこの程度で収まる人間でないとよく知っているはずなのだが……。
第一印象でものをいうものじゃないぞ、遥。
二人でいただきますをして、野菜を放ってサンドイッチに手を伸ばした。
スモークされたベーコンと多めに挟まれたレタス、ジューシーなトマトが混ざり合って間違いないうまさだ。
レタスの歯触りは心地良く、ベーコンの脂が舌の上に広がるがそれがくどくなる前に、トマトがその爽やかさで口内を洗い流してくれる。間違いなくうまい。
スモークチキンの方もさすがの一言だ。あっさりしたチキンのサンドイッチは、その分後を引くオリーブのコクがダイレクトに感じられる。
ライ麦の風味が強い粗めのパンがよく合っていた。
これ食べ放題で本当にいいんだろうか。
サーロインステーキも噛みしめるほどに濃い肉の味がする。ミディアムレアの適度な弾力が顎に心地良く響いた。うまい。
シンプルだが、シンプルだからこそ本能に訴えかけるうまさだ。
だが、と、結局最後になってしまった前菜をもしゃもしゃ食べながら俺は思う。
たまごサンドが食べたい。
これぞサンドイッチという、シンプルなたまごサンド。
少し豪華なものを食べすぎただろうか。
最近は出汁の聞いた厚焼き卵を挟んだ和風のたまごサンドも話題だが、俺が食べたいのは昔ながらのゆで卵をマヨネーズで和えたあのたまごサンドだ。
クリーミーな味わいにしっとりしたパンがよく合う。
ちょっとこってりめの後味がいい。
牛乳やサラダが添えられていようとも、そっちに手をつけることなく一気に食べてしまう、あの求心力。
食べたいなあ、たまごサンド……。
「料理なくなったね、取りに行く?」
遥の声に顔を上げて頷いた。たまごサンドに意識を持っていかれている間に、気付けば前菜の皿もからになっていた。
もちろん食べた覚えはしっかりある。
やっぱりスモークサーモンは少し癖があるんだよな。
サーモン好きな人はこれがたまらないんだろうけど……。
第二陣で、俺は今日の大当たりに巡り会った。
ミネストローネが美味すぎる……。
遥が早くもデザートをいくつか取ってきている同じテーブルで、俺はそれからひたすらミネストローネを貪ることになった。
俺ともあろう者がこんなただのスープに……!
だがこの深みはなんだ? ミネストローネってただのトマトのスープじゃなかったのか……?
サイズの揃った様々な具材からは野菜と肉の出汁が溶け出しているのだろう。
その強い味を、トマトが旨味の暴力で完全に一つにまとめている。
世の中にこんなにうまいミネストローネがあったのか。
そう感銘を受けつつも、俺の頭の中からたまごサンドは抜けていかない。
以前、休日出勤をした際、先輩が持ってきた弁当がたまごサンドだった。
もちろん俺にとって、たまごサンドなどおやつにこそなれ、食事にカウントなどされない。
俺は普段と同じく宅配弁当の大盛りを頼んでいた。
昼休みも中ごろ、先輩が俺に
「食べきれないんだけど、少し食べてくれない?」
と言った時。
あのときが、あのたまごサンドとの出会いだ。
使い捨て容器にちょうどぴったりの高さで詰められていたいサンドイッチの最後の2切れ。
俺は飛んだね。
一口食べて、本当に「えっ」と声を発した。
人生で食べたどのたまごサンドよりも美味かったからだ。
柔らかめのフィリングがたっぷり挟まれ、水分を吸ってややしっとりとしたパン。
味が濃いわけではないはずなのに、舌に訴えかけてくる何かがある。スパイスでもない、マヨネーズでもない。
マヨネーズを入れ過ぎるとやたらくどくなりがちだが、そうではない。なんだこのたまごサンドは、と俺は一心に食べた。
2切れはまたたく間に胃に消えた。
俺は当然ながら一番に、先輩に訊ねた。
「これ、どこで買ったんですか」
すると先輩はなんてことないように答えた。
「あ、それうちのお母さんが作ったやつ」
そんなばかな!!
そんなばかなことがあるだろうか。
こんな、とても、一般家庭で、出せるような味じゃ、えっ、先輩、いつも、これ、食ってるんすか……!!!
普通の家で出せる味じゃない、これは売り物にしても評判のレベルだと、こんなうまいたまごサンドを食べたのは初めてだと、沸き上がる熱量そのままに、俺は先輩に訴えた。
すると先輩はまた、なんてことないように答えたのだ。
「うちのお母さん、昔は店やってたのよ。喫茶店」
納得……!!!!
やっぱり売り物のレベルだった。
そりゃそうだ、この味が売り物でないわけがない。
この、とろふわで、うっかりしていたらこぼしてしまいそうな柔らかさのたまご。
出来上がりサイズはサンドイッチ用食パンを三等分したような小さめのサイズだが、そのせいもあるのか、もっと、もっと食べたいという気持ちが治まらない。
こんなうまいたまごサンド、食べられるならもうめちゃくちゃ通いま……、
「……昔は?」
「そう、今はやってないんだけどね」
こんっなにうまいものを、好きなだけ食いに行くこともかなわない……!
ショックは計り知れなかった。
「そんなに気に入ってくれて、お母さんも喜ぶなー。ありがとう」
「食いに行きたかった……!!!」
「ああ、もうおなかいっぱい」
いちごのミルフィーユをあとひとくち残しながら、遥が椅子の背に身を預けた。
細身の身体にはそれほど入った様子もないが、このへんが限界らしい。
ミネストローネで水っ腹の俺が一口をもらうことにした。
カスタードクリームとバターの香るパイ生地を口に含む。
優しい甘さが広がった。いちごはほんのスライスが残っていただけだが、それくらいの甘酸っぱさがちょうどいい。
最後にやたら香りが鼻に抜ける紅茶を飲みほした。
色々と交えながら、ミネストローネ中心の食事だった。
遥と二人で席を立った。
初めての高級ランチビュッフェはとても楽しかった。
値段分食べられたかは謎だが、普段食べ慣れないものを色々と食べて満足感がある。
ホテルと出て、駅までの道を歩きながら隣の遥と少し距離を詰めた。
「今日このまま泊まりに行ってもいい?」
「いいよー」
「たまごサンド食いたいんだけど作ってくれる?」
「今あれだけ食べたのに!?」
信じられない風に声を上げた遥がおかしそうに笑った。
「いいよー、材料買って帰ろうか」
遥は料理がうまい。
先輩のお母さんの味は出せないが、遥の味も好きだ。
健康を考えて薄めの味付けで、出汁を利かせて、と工夫してくれる優しさが味に出ていると思う。
遥の料理は優しい味がする。
今のこのたまごサンド欲を満たしてくれるのは遥のサンドイッチだ。
そういえば、先輩から俺の絶賛ぷりを伝え聞いてくれたお母さんは、それから何回か「槙野くんへ」と俺宛のサンドイッチを先輩に言付けてくれた。
もちろん、先輩と食べる量が違うのを知って容器は二つ分あった。
先輩もそのお母さんも、長らく会っていない。元気だといいなあ……。
重い腹を抱えながら、俺は春の道を歩いた。
そろそろ桜の花も咲きだす時期だろうか。
ああ、高級ホテルのカレー食べ損ねたな……。
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