第4話 約束の行末は満月だけが……。

 あれから。

 “少年”は、ずっと眠ったまま。

 一度も目を覚まさなかった。

 何度も朝が着て、何度も夜を迎えた。

 それでも、一度も。

 目を覚まさなかった。


 誰も、仲間たちすら訪れることがない。

 その古い公園の、ジャングルジムの片隅で。

 少女は、その時が来るのを、ずっと待っていた。

 “少年”が目覚める、その時を。


 “少年”の姿は、すっかり変わり果てていた。


「すっかり、見違えちゃったよね。ふふ、でも、ちゃんと知っているよ。こういうのを、成長って言うんでしょう? 人間は、成長して、姿が変わるんだよね」


 “少年”に語り掛ける言葉は、今やすっかり流暢になっていた。

 ずっと、ずっと。

 眠ったままの少年に、語り続けてきたのだ。


「いっぱい眠ったから、いっぱい成長したのかな」


 “少年”の頭を、愛おしそうに撫でる。

 撫でている、振りをする。

 手が頭をすり抜けたりしないように、細心の注意を払いながら。

 この仕草も、随分うまくなったと、自分を褒める。

 人間は、こうされると嬉しいのだと。

 かつて奪い取った“少女”たちの知識から、知った。

 目覚めた“少年”を驚かせたい一心で。

 何か役立ちそうな情報を求めて、知識を攫った。

 都合の悪い知識からは、目を逸らした。

 まるで、人間のように。


「ねえ? いつ、目を覚ますの? また、私とお話してくれるんだよね? だって、約束したもの」


 甘く優しく、そして切なさを含んだ声で、少女は歌うように囁いた。


「あなたが私に向けてくれた波動…………感情っていうべきかな。あなたが、私に向けてくれた感情は、とても心地が良かった。また、あれを味わってみたい。だから…………」


 横たわる“少年”の傍らに、寄り添うように座って。

 空を見上げる。

 空には、あの日と同じ。

 満月が昇っていた。


「月が、綺麗だね」


 月の光を照り返しながら横たわる“少年”を、優しく見つめながら。

 囁きを、落とす。

 甘く、切なく、滲むように。


 その言葉に隠された意味も、今は分かる。

 今は、分かっていた。

 少年が、最後に“少女”に向けた。

 あの踊るような波動(感情)の意味を。

  

 今は。

 ちゃんと、分かっていた。


 すっかり白骨と化した“少年”の傍らで。

 少女はいつまでも待ち続ける。


 約束が果たされる。

 その時を。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラブ・ゴースト ~少年と少女の行末は満月だけが知っていた~ 蜜りんご @3turinn5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ