戦場のシンデレラはガラスの靴を好まない

双六トウジ

レディ・アッシュ

 ガラス王国の魔女、レディ・アッシュはみすぼらしい格好をしていることで有名でした。

 魔法の杖は火かき棒、所々焼き焦げた灰色のドレスに、穴のあいた長靴下。

 しかしそれだけの装備で、多くの敵兵を焼きました。


「麗しき英雄よ。此度の敵国による侵略は、汝の活躍により退散した。後日褒美を送ろう」

 王様の賞賛とご褒美。

「灰の魔女、レディ・アッシュ! 私たち兵士は貴女に救われました、本当に有り難う!」

 仲間たちからの尊敬のまなざし。

「アッシュ様だわ、すてき! あの強さと美しさ、王国中の男でも敵わない!」「ママ、アッシュだよ! 火の魔法を使うんだよ! 俺もアッシュみたいになりたいな!」

 乙女や子供からの絶大な人気。


 まさしく彼女こそ、英雄と呼ばれるに相応しい女性でした。


 そんなアッシュの家は国のはずれ、黒い森にあります。母と二人暮らしなのでとても大きいというわけではありません。

「……祝賀パーティ?」

 アッシュは招待状を運んできた配達員に首を傾げながら訪ねました。

 彼はキラキラとした瞳で頷きます。

「ええ! 先日の戦に勝利したお祝いに、お城で盛大なパーティを開くんですよ! もちろん貴女も来ますよね、レディ・アッシュ。貴女が主役のようなものなのですから!」

 アッシュの手にある招待状は金色で光り輝いていて、なるほど一目でVIP待遇だと分かります。

 とりあえずアッシュは配達員と握手してから(彼はアッシュのファンだそうで)扉を閉め、母である魔女にパーティのことを話しました。

「パーティ? 行けばいいじゃないか」

 彼女は軽く言います。

 しかしそれにはとびっきり厄介な問題があったのです。

「私にはパーティに着ていくようなドレスがない」

 アッシュのクローゼットには焼き焦げた灰色のドレスが何枚も何枚も押し込まれているだけ。まともなものはありません。

「買いに行けばいい。金は十分あるだろ」

「……買いに行く服がない」

「困ったね。あんた、戦い以外のことはさっぱり分からないんだった」

「それは貴女もだぞ、母上」

 アッシュも母親の魔女も、王国で兵士として働いてきました。今更パーティドレスとか、オシャレとか、綺麗に片づけられた家なんかも分かりません。

 アッシュの家のテーブルや台所には、積み上げられた汚い食器。床は埃だらけ、本やらゴミやらのせいで足の踏み場もない。すなわちゴミ屋敷。


 そう。強くて美しい英雄の正体は、お洒落や家事が苦手な女性だったのです。

 家事よりか火事のほうが得意なくらい。魔法の練習で家を燃やしかけたことが三回ほどあります。


「それに靴もアクセサリーも無い」

「今までそんなの無くても平気だったろ」

「でもパーティには行きたいし、英雄である私がドレスコードを破るなんて駄目だし……」


 彼女が頭を抱えて悩んでいたその時。


 アッシュの名を呼ぶ声が聞こえました。


 ***


 少し時を遡って。

「レディ・アッシュのおうちはどこかなぁ〜……」

 黒い森の中を、延々と彷徨う影がありました。

 彼は仕立屋。王様の命令で、アッシュの家を訪ねようとしています。

 命じられた内容は、レディ・アッシュの為のパーティドレスを仕立てること。

 ですが、黒い森は天然の迷路。

 配達員のような道に慣れた者でなければ彷徨うのが普通。

「一日中歩いたから疲れたぁ……。なんで仕立て屋がこんな歩かなきゃいけないんだよぉ……。足に豆できちゃうよぉ……」

 一日中といっても彼がこの森に入ったのは一時間前のこと。どうも彼は話を盛る癖があるようです。まあ、彼は客を着飾ることが本職なのですから、話も着飾るのがお得意なのかもしれません。

「早く寸法して早く帰りてぇ〜〜〜〜! ああ、レディ・アッシュ、どこにおられるんですかぁ! レディ・アッシュゥ!」

 とうとう彼は森の中で叫び出しました。しかしそれが次の災いを呼びます。

「んだとぉ!? レディ・アッシュ!? おい、近くにいるのか奴が!」

「えぇ??」

 敵国の残留兵です。先日の戦いで撤退損ねた残りです。

 五人の兵が、ぞろぞろと森の奥から出てきました。

「おまえ、あいつの仲間か!」

「あ、いえ、その……」

「どうしますリーダー? こいつ殺します?」

「いや、奴の場所を知っているようだ。拷問するか」

「了解。おい、アッシュの場所はどこだ!?」

「あの、わかんない……」

「てめぇさっき名前叫んでたろ!」

「こ、ここここにいるって聞いただだだけでぇえええ……」


 雑なピンチです。

 仕立屋はビビりました。彼には武器も逞しい肉体も勇気ある精神もありません。泣きながら許しをこうしかありません。

 果たして彼はここでやられてしまうのでしょうか? 

「私の名を呼んだかな?」

「へっ?」

 ふと、上から女性の声が聞こえました。

 全員が見上げると、灰色のドレスを纏った女性が空中に浮かんで火かき棒をこちらに向けていました。

「ああ、貴女こそはレディ・アッシュ!」

 仕立屋は跪き、手を合わせました。

「灰の魔女、ここで会ったが百年目! 我が祖国の為に死ぬがいい!」

 偵察兵は一斉に弓を引きますが、彼女の体を貫く前に火がついて燃え落ち、意味がなくなります。

「くそ、槍を投げろ!」

 兵たちは槍を投げようと準備しますが、その隙を灰の魔女は見逃しはしません。

「灰は灰に、塵は塵に、土は土に。――還れ」

 火かき棒から一滴の赤い滴が零れると、それは地面に落ち、炎となって一気に燃え広がりました。

 体を焼かれた男たちの悲鳴が森に響きわたります。

「うがああああっっ!!」

「あづい、あづいいいいぃ……!」

「あひ~~! 俺のことは燃やさないでくださいアッシュゥ! 俺はしがない仕立屋ですぅ! ……ん?」

 しかし不思議なことに、仕立屋は燃えませんでした。

「つーか全然熱くないや。魔法ってすっげ〜!」


 ***


「仕立屋?」

「ええはい! 貴女が今度のパーティに着ていく用の物を、ワタクシが王様に任されたんです!」

 仕立屋は無事アッシュの家に案内され、茶を飲んでいた。

「しかも、頭から足下まで一式仕立てるスペシャルコース! 王様が言うには、アッシュさんはそういうの苦手だろうからって」

「……素直に言ってくれるなお前」

「素直なことも大事ですよ、世の中。ワタクシがここにきたのは、どういうデザインがいいか話し合う為と、とりあえず足の寸法を測らせていただく為です。ドレスの方はまた後日ウチの店に来ていただいて測らせてもらいますね。店には腕の立つ女性も大勢いますし、自慢じゃありませんがウチの店は他とは違って様々なサービスがありますので、なんてったって王様ご贔屓ですからね、きっとご満足いただけると」

 なかなか喧しいセールストークです。

 しかし、それにも少し問題がありました。

「話していいか?」

「はいどうぞ」

「……私は靴をあまり履いたことがなくて。ドレスコードとはいえ踵の高いヒールというのは苦手なんだが」

「ああなるほど。ではそうですと、新商品のローヒールというものがありまして、こちら踵がとても低めの物でして……、靴をあまり履いたことがない?」

 仕立屋は彼女の足を確認しました。穴のあいた長靴下です。

 周りを見回すと、靴は見当たりません。……汚いという事実は見て見ぬ振りをしました。

「あら……、それじゃあそもそも靴というのに馴染みがないのですね?」「まぁ、うん」「ふむ」

 彼は顎に指を当て考える素振りをすると、すぐ良いことを考えついて目を光らせました。

「それではまず、運動靴を履いてみますか。ウチの新商品のスニーカーなんていかがでしょう」

「スニー……スニーキングのことか?」

「履くと足音が小さくなり敵に近寄れるから、なんてのが由来らしく。それに底が分厚いので、鋭い刃物が落ちている戦場でも安心して歩けますよ」

「……悪くないな、それは」

「スニーカーに慣れてからローヒールに、というのもいかがでしょう」

「うん、それがいいかな。ドレスコードは守りたい」

「はい! それでは足の寸法を測らせてもらいますね!」


 ***


 斯くしてパーティ当日。

 灰の魔女は夕暮れ時に、仕立屋の店にいました。女性の店員に囲まれ、きゃあきゃあと黄色い声を上げられながらおめかしをされます。

 なんてったって今宵のレディ・アッシュはいつもとひと味違うのです。

 丁寧に櫛で梳いたまっすぐな髪、細めだけど存在感のある真珠のネックレス、真っ白なシルクのドレスに、ピカピカに磨かれたガラスでできたローヒール。

「わぁ、お綺麗ですレディ!!」

「そ、そうか」

 全ての段取りを終えて一息つく彼女に、仕立屋は鏡を向けて褒め称えました。アッシュは照れて微笑みます。

「確かに、キラキラしてて嬉しい気がする。それより、早く城に向かわなくてはな」

「上等な馬車を用意しております」

「おお、色々助かる」

「いいえレディ。ワタクシは貴女に命を助けていただきました。他の店員もです。これぐらい、些細なことです」

 仕立屋に手を引かれアッシュは馬車に乗り込みます。

 しかし、ドォンと大きな音と、少し遠くに見える火の明かりが、敵が攻めてきたことを最悪なタイミングで教えてくれました。

「なっ、嘘、最悪!」

 ビビる仕立屋にアッシュはすぐこう言いました。

「仕立屋、スニーカーを履かせてくれないか」

「……はい、只今」

 仕立屋はアッシュの足を取り、ヒールとスニーカーを交換しました。

 とてもぴったりでした。そう作ったからです。

「仕立屋よ。せっかく綺麗に仕立ててくれたのに汚してしまうことを謝る」

「いいえレディ・アッシュ。また貴女の為に仕立てます、何度でも」

 仕立屋は淀みなく答えました。本心でした。

「そう言ってくれて有難う。……それに、靴を履かせてくれて有難う。暗い戦場しか知らぬ者に、素敵な魔法を掛けてくれて有難う。

 皆は私を英雄というが、私の英雄は貴方だ」

「……それって、俺の人生で一番の褒め言葉だ」


 レディ・アッシュが走る先は、戦場。

 彼女はこれからも戦い続ける。

 自分を愛してくれる民を守る為に。

 自分のヒーローに、また服を仕立ててもらう為に。




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