悪魔封緘 1

おにおん

第1話

1

「おは、よう…」

素っ頓狂な声を上げたのは私、サイズリー第3宮廷貴族のリセラ・アルベルだ。

「リセラさん!いつまで寝てるんですか!」

「すみません…」

「朝食の用意できてるので早く降りてきてくださいね!」


ピシャリと言われた私は時計に目をやった。

「10時!?」

慌てて飛び起きて洗面所へと向かう。


「お待たせしましたー」

食事部屋のドアを開けて言った。

「『しましたー』じゃないです!さっさと座ってください!1時間近く待ったんですよ!」

「うっ、はい…」

「「いただきまーす」」


大きめの机に並ぶ料理はこの屋敷で働くメイド、夢咲かぐらが腕を振るったものだ。

昔から料理は好きらしい。


「リセラさんってなんで朝に弱いんですかねぇー。私も何か対策を打たなければ…!」

小さくカットされたパンを口に入れながらかぐらが言った。


「対策…とは?」

「目覚まし時計大量に用意しとくとか?」

「なるほど…」

「…って、もう11時過ぎてるじゃないですか!やばいやばい…」

「時の流れは早い」

「そんな呑気なこと言ってないで!早く食べてくださいよー」


まだ皿には半分以上残っている。

「じゃあ、あたしは用意してくるので!」

「はーい」


私もかぐらのせっかちな性格があれば…と思いながら残りの料理を口に運ぶ。

不意に あ! という声が聞こえた。

「洗濯物はちゃんとしまってくださいね!あなたも一応女の子なんだから!」

「あ、ハイ」

ガチャと扉を閉め、かぐらは出ていった。



2

(まったくリセラさんという人は手がかかるものだ。)

そう心の中で呟きながら長い廊下を歩く。

でも、あのときあたしの目には"天使"のように見えた。


この"悪魔"が忌み嫌われる世界で、あたしはよく生き残れたと思う。両親は殺され、かつての家も燃え、ひとりぼっちだったあたしをリセラさんが助けてくれた。


◇◆◇


「どうしたの?大丈夫?」

なんで話しかけてくるの…?あたしは悪魔なのに…

「…困ったなぁ。こんな小さい子がひとりぼっちとは。」

あたしは悪魔だから…

「お母さんやお父さんは?」

みんな殺されちゃったよ…

「うーん…ちょっと、私の家に来ない?」

…え?


◆◇◆


今まで悪魔のあたしに話しかける"人間"は1人もいなかった。リセラさんが初めてだ。ましてや、家に入れてくれることなんて想像したことすらない。

本人曰く、種族などあまり気にしていないらしい。

だけど、やっぱり気がかりだ。異種族が同じ屋根の下で暮らすなどあり得ないことだから。


いや、リセラさんがいいと言ってくれるならあたしはそれに応えるだけだ。もう考えるのはやめよう。

あたしは廊下に向き直った。



3

貴族という立場はいつまでたっても慣れないものだ。11のときに宮廷貴族に任命され、丸5年この地位に座っている。

サイズリーのような平和な国ではこれといって仕事がないし、正直毎日退屈だ。

「平和なことはいいこと、だよね…」

窓から空を見上げながら呟いた。


「リセラさん〜」

かぐらが部屋に入ってきた。

「どうしたの?」

「いやぁ、今日も平和ですね」

「そうだねぇ。平和すぎてちょっと退屈だな〜」

「あ、そうだ!ちょっと街まで出かけませんか??」

「…その、かぐらが大丈夫ならいいけど。」

かぐらが出かけようと言ってきたのは初めてだったので戸惑って曖昧な言葉を返してしまう。

「だいじょぶですよ!いまどき悪魔だろうが関係ないですもん!それに対策もしっかり…」

かぐらが手をうねうねさせた。

「ならいいけど…」

「今は"多様性"の時代ですからね!」

「は、はぁ…」

ため息じみた声が出る。

「そうと決まれば準備しますよ!」

バシンと胸を叩いてみせた。

「じゃ、また後で!」

そう言って私はまたしても部屋にひとりになった。


かぐらはああ言ってたけれど、心配だ。

未だに悪魔の排除や隔離は続いているし、安全だとは思えない。

悪魔を匿っている私も同じだけど。


彼女のことだから何か策はあるのだろう。と思ったその時、

「じゃーん!どうですかこれ!」

そこには見慣れない格好のかぐらがいた。


悪魔特有の鮮やかなピンク髪を隠す帽子、片方だけ灰色の目を隠す髪型、コウモリのような羽が露出しない上着。

これなら悪魔だと気づかれないだろう。


「いいんじゃない?」

「ですよね〜!新しく調達したんですよ!」

「よくそんなにいい服みつけてくるね〜」

近くにあった羽織を取って腕を通す。

「じゃあ行きましょうか!」

「そうだね!」


威勢のいい二つの声が広い部屋に響いた。


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