特別な誕生日
南雲 皋
その時を、あなたと
幼い頃、母が私にいつも言っていた。
お前は特別な子だから、って。
そんなこと言われたって全然そんなことはなくて、見た目だって運動神経だって頭の良さだって平々凡々。
どこが特別なんだよって思って生きてきた。
そんな平凡な私でも、人並みに恋をして、子宝に恵まれて、健康に生きた。
臓器を入れ替えることもなく、腕や脚を人工義体にすることもなく、遺伝子操作をすることもなく、生まれたときのまま、健康に生きていた。
もうそんな人間はほとんどおらず、70歳を越えた辺りから何回か表彰されたりもした。
友人たちはとっくの昔に肉体を改造していて、いつまで経っても若いままだ。
私だけが歳をとっている。
「おばあちゃんはどうしておばあちゃんなの?」
「おじいちゃんとね、約束したの。一緒に歳をとりましょうって」
「そっかぁ」
結婚する前から、私たちはそういう話をよくしていた。
一番美しい時に見た目を固定することが主流になっていた世の中で、その“一番美しい”というのは一体いつのことを指すのだろうと。
歳をとって、皺だらけになった姿でも、その生きた証が美しいと思うと言って。
だから、『一緒に歳をとってほしい』とプロポーズされた時、私は頷いたのだ。
そんな彼は、今コールドスリープ中なのだけれど。
私と彼は同い歳で、だから80歳を過ぎた時に私の特別さに気付いたのは彼だった。
特別な日を一緒に祝いたいと言っていて、既に治療が叶わぬ範囲にまで病巣が広がっていると分かった去年、その日に起こしてほしいと眠りについた。
彼が眠りについた後、私の身体にも同じ病気が見つかった。
幸いにも彼より早期に発見されたことで、問題のある臓器を入れ替えるだけで大丈夫ですよと言われたのだが、私はそれを断った。
進行を遅らせる治療のみを受け入れ、緩やかに死を待つことにしたのだった。
コールドスリープから目覚めれば、彼の命も長くない。
彼のいなくなった世界を生きるのは、苦しい。
彼が眠りについたことで、彼がいなくなった後にはこうなるのだと思い知らされた。
朝、おはようと言う声もない。
デバイスを立ち上げて新聞を読む音もない。
自分の家のはずなのに、彼の姿がないだけで別の場所になったようだった。
だから、もう長く生きたいとも思わない。
病気になったのなら、治さずとも。
◆
私の88歳の誕生日。
彼はゆっくりと目を開けた。
「今、何時だい?」
「約束した通り、8時よ」
「それはよかった」
機械から体を起こした彼が、脚の動きを確かめるようにしながら、杖を頼りにソファに座る。
私は彼の隣に腰を下ろし、時計を目の前に表示させた。
彼の手が私の肩を抱き、久しぶりの暖かさに寄りかかる。
トクントクンと伝わる鼓動に、視界が滲んだ。
「8888年、8月8日、8時8分、88歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう。改めて聞くと、確かに特別ね」
「羨ましいくらいにね」
時計の数字がくるくると巡っていく。
特別な一瞬はあっという間に過ぎ去って。
「いつ見ても、今のキミが一番美しいよ」
「あなたもそうよ。一緒に歳をとれてよかった」
「そうだね、本当に」
「最期まで、一緒に歳をとっていきましょうね」
握り合った手のひらの熱は、いつもより少しだけ、高かった。
特別な誕生日 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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