とある夢のプロローグ
マロ
25歳のコンビニ店員
「いらっしゃいませ〜」
自動ドアから膝まである黒のコートを羽織った老人が、凍えるような寒さと共にコンビニへ入ってきた。
カズヤは、深くため息をついた。
先月まで同じ時間帯の深夜のバイトなら、客の数を数えるには片手で十分だった。しかし、年末に差し掛かった途端、もう両手がいっぱいだ。
壁掛けの時計に目をやった。
「(まだ11時か、めんどくせぇ。つまらない時間は、どうしてこうも時間の流れが遅いんだ)」
カズヤは、もう一度ため息をついた。
「あのー、すんません」
さっき入ってきた老人が、低く、枯れた声で言った。
「ライターってどこにある?」
カズヤは、自動ドアに向かって左側にある棚に指をさした。
「あそこの棚にあるんですけど、見ましたか?」
「いや、見たんだけど、多分なかったな」
「じゃあ、そこになければないですね」
「在庫とかはないのか」
と老人は、語気を強めて言った。
「今、品切れなのでないですって」
とカズヤが言った途端、老人の顔はみるみるうちに真っ赤になり、寄せた眉間のシワも相まって、まるで梅干しのようだった。
「さっきから何なんだ!お前の態度は!」
突如、老人が荒げた声を出すので、カズヤは思わずたじろいだ。
「いい加減にしろ!めんどくさいですって顔に書いてんだよ!そんなんじゃロクな大人になれねぇぞ!」
老人は肩で息をし、カズヤをにらみつけた。
カズヤはカッとなり、
「おい!もう大人だわ!このクソジジィ!」
という言葉が喉まできたが、店長に客と喧嘩して怒られたのを思い出し、渋々その言葉を飲み込んだ。
カズヤが黙り込んでいると老人は不満げに出ていった。
「はー、本当にイラつくなぁ」
コンビニの中に人がいないことを確認し、小さな声で呟いた。
「あのジジィ何考えてんだ、俺はもう25歳で立派な大人だろうが」
自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ!」
カズヤは上擦った声でそう言い、自動ドアの方を向くが、誰もおらず、風の音しか聞こえてこなかった。
自動ドアは淡々とドアを閉めた。
「そうか、そうだよな...。俺も、もう25歳で大人なんだよな。高校の頃の同級生はみんな頑張ってるのに、俺は何をやっているんだろう」
そんなことを考えるといつも吐き気に襲われる。内臓を突かれているような気分だ。
「(1時間働くと深夜手当込みで1000円とちょっと)」
カズヤは再び、時計に目をやる。時計は12時を過ぎた。
「(あと8時間働いて、合計で1万円くらいか...。一昨日パチンコやったときは、2時間で1万円すっちまったな。何やってんだ、俺は...)」
小さくため息をつき、どこへともなく歩き出した。
「(昔は、コンビニのバイトなんて一時的なものと意気込んでたのにな)」
コンビニの隅にある雑誌コーナーで足を止める。そして、ある一冊の小説に手を取った。それは他に並べられてある雑誌に比べ、表紙の色艶がなく、少し黄ばんでおり、どこか温かみがあった。
ペラペラと小説をめくる。
その稚拙な小説の文章は、羞恥によって、カズヤの顔を歪ませ、赤くさせた。
「(面白くない、才能のかけらも感じない文章だな)」
いつもの定位置に小説を置く。
カズヤは、休憩室にあるゴミ袋と、ついでにタバコを持って、コンビニを出た。
カズヤは、大きくあくびをした。
自動ドアが開き、二人の小さな子供がおしゃべりしながら入ってきた。あどけない顔立ちと身長から小学校入りたての双子かと、勝手に推測した。
小さい弟の方は、初めてコンビニに来たのか、慣れない様子で兄の後ろをついて行き、可愛らしい握りこぶしを、力強く作っていた。
双子は、キョロキョロと何かを探したかと思えば、一目散にお菓子コーナーへと向かった。
このコンビニのお菓子コーナーは、店長の方針もあってか、お菓子の種類が他のコンビニよりも多かった。レジから遠く、死角にあったため、一時期は万引きが絶えず、防犯カメラが設置され、リアルタイムで休憩室のモニターから見ることができる。そのおかげで子供達の様子が手に取るようによくわかる。
双子は、しゃがんでお菓子を手にとって話し合っており、弟が新しいお菓子を手にとったと思えば、兄は首を振る。
そんな様子が面白く、暇つぶしにはちょうどいいと思った。
20分ほど経ち、双子は、十数個のお菓子の入った買い物かごを、レジカウンターに満面の笑みでのせた。
この選び抜かれた精鋭のお菓子たちのバーコードを、読み取る。いくつかのお菓子は、カズヤにどこか懐かしい思い出を蘇らせた。
「合計498円になります」
そう言い終わる前に弟が、勢いよく、握りこぶしをこちらに差し出した。カズヤは首を傾げながら、手のひらを皿にした。
硬い握りこぶしが解かれ、何か熱いものが手に落ちる。
思いがけない熱さに驚いた。
それは、500円玉だった。
弟の熱に温められたものだと理解した。
カズヤは思わず、自分の少年時代を想い起こした
「あのー、すみません」
と兄が言った。
「あ、はい!500円お預かりいたします」
カズヤは、慌てながらも慣れた仕草でレジを打ち、お釣りとお菓子の詰まったビニール袋を手渡した。
「お兄さん!ありがとうございます!」
と双子が言い、勢いよくコンビニの外に走り出した。
自動ドアが開く。
「お疲れさま!もう上がる準備していいよ!この時間帯あんまり来ないしね」
と優しげな笑顔で店長が、コンビニへ入りながら言った。
その言葉に甘え、素早く身支度を済ませた。
「では、すみません、失礼します」
「うん、お疲れさま!」
手を振りながら、店長は言った。
カズヤは、笑顔を作りながら、会釈した。
自動ドアが開く。
凍えそうな冷気に包まれるが、硬く握りこぶしを作って、明日に向かって駆けていった。
とある夢のプロローグ マロ @maro253
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