交差する世界

お茶

由香里さんと旦那さん、瑞生とオレ。

 ※こちらは「Yukaさんと例の話」より前のお話しです。


「「乾杯!!」」

 4個のグラスやジョッキがかち合う。


 テーブルには串の盛り合わせと、唐揚げ。

 茶色いものだけでは彩りが良くないとサラダが並んでいる。


「あー美味しい!」

 ビールジョッキ片手に満面の笑み。

 ピンクのワンピースを着たユカさんは瑞生のお姉さんだ。瑞生と同じくらい細いし、まあまあ似てるような…。

「ユカさん結婚おめでとうございます。」

「ありがとう!千秋くんみたいなイケメンと飲める口実ができて良かったわぁ。」

 前言撤回。やっぱり似てない。


「由香里、旦那さんの前でそういうこと言うなよ。」

 由香里さんを軽く睨む瑞生は、いつも通り黒い細身のパンツに白いシャツ。

「瑞生もたまには飲みなさいよね。」

「俺、ハンドルキーパーだから。」

 旦那さんは大人しい人で、ニコニコとユカさんを見守っている。


 ・・・


 少し前のこと。


「『由香里さん結婚おめでとうの会』?」

「そう。姉貴がやりたいんだってさ。千秋が嫌だったら断ってもいいんだぞ。」

 なぜか瑞生は乗り気ではない口ぶりで言った。

「いいじゃん!せっかくだから行こう。お祝いだし。」

「…うん。」


 当日は満月の夜だった。


 ドアを開け、ひんやりした空気に包まれると、

 目の前には水色の世界が広がっていた。


 何だろう。前にも同じ風景を見たような気がする。

「月が明るいなあ。」

 並んで歩くお揃いのスニーカーに、霧が雲の切れ端のように絡みついてきた。


 歩きながら、軽く瑞生の肩が当たってきた。

 オレもちょっと強めにぶつかり返す。

「なにニヤけてるんだよ。」

「へへっ。」


 公園の近くを通ると、遊んでいる男の子と女の子がいた。

「こんな遅い時間に、中学生か?」

「イチャイチャしやがって。」

 オレたちはそのまま通り過ぎると、その先の角を曲がって行った。


「あ、流れ星?でっか。」


 ・・・


 ユカさんはジョッキをテーブルにどん!と置いた。

「で?瑞生と千秋くんの出会いってどんな感じだったの?お姉さんに教えて??」

「おい、今日は由香里さん結婚おめでとうの会じゃないのかよ。」

 気づけばだいぶお酒が進んでいるようで…。


 瑞生とオレの出会い、か。

 あれは2年前のことだったな。


 ・・・


 オレは高卒で就職のためにひとり暮らしを始めたばかりで、とりあえず最寄りのコンビニに行こうと思った。


 そうだ。確かあの日も満月の夜だったんだ。


 オレが入り口に立つと自動ドアが開き、レジの店員さんがこっちを向いた。


 その瞬間、オレはカミナリに打たれたような衝撃を受けた。


 サラサラの短い黒髪に涼しげな目元、細身の制服姿。


 ―めっちゃオレ好みだ。


 目が勝手に店員さんを追う。

 やめろ、あまりじっと見過ぎたら変な人だと思われる。

 オレは何を買いに来たかなんて、すっかり忘れてしまった。


 陳列棚の陰から店員さんをチラッと見る。

 横顔が美しい。

 オレは適当に『いちごみるく』を手に取った。


 ドカドカ高鳴る胸を押さえて呼吸を整える。

 後は何でもない風を装ってレジで会計を済ませるんだ。意を決して足を踏み出す。


 店員さんの優しい声。礼儀正しい対応。オレに向けられる微笑み。お釣りと共に手が、指先が触れ、手。


 ふわふわと夢見心地のままコンビニを出ると、背後で自動ドアが閉じた。


 オレはレジの店員さんを振り返って見た。

 天使なのか?


 それからオレは毎日、コンビニに通うようになった。

 そして何となく、いつも『いちごみるく』を買った。


 ・・・


「千秋?」

「千秋くんどうしたの?」

 ぼーっとしていたらしい。

 瑞生とユカさんが同じ表情でオレを覗き込んでいるのがおかしかった。

「何ニヤけてるんだよ。」

「いや、何か思い出しちゃって。」


 あの日の店員さん―

 瑞生は、相変わらずきれいだ。

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交差する世界 お茶 @yuichanhokkaido

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