厚生労働省の役人が角刈りM字眉毛の男に相談したら大変なことになった話

88計画

　あなたは日本人の平均寿命を知っているだろうか？

　我が厚生労働省の「簡易生命表」によると、２０２０年で男性が８１．６４歳、そして女性は８７．７４歳である。

　これは男性が世界２位、女性は世界１位の記録で、勿論これでも十分に素晴らしいと言える。

　が、私たちはこの結果に満足していない。

　もっと寿命を延ばしたい。特に女性の成績はあともう少しで８８歳、米寿に届く。よし、ならば次の目標はそれでいこう、と。　

　これはそんな日本人女性の平均寿命を米寿まで伸ばすことに挑戦した私たちの物語である。

「あんたは実に運がいい」

　私の話を聞くと、その男はにっこりと微笑んでそう言った。

　角刈りで左右の眉毛が繋がってＭの形を作るこの男、実にうさんくさいが噂によるとこれまで数々のプロジェクトを成功に導いてきたらしい。

　日本人女性の平均寿命を米寿まで伸ばす、通称８８計画と名付けられたこのプロジェクトには彼の力がどうしても必要だ。

　とは言え、今のコロナ禍の世で平均寿命を０．２６も伸ばすなんて難易度が高すぎる。なんだかんだで断られると思っていたが、まさかの好感触に驚いてしまった。

「運がいい、ですか？」

「ああ。実はいろんなところから相談を受けていたんだが、あんたの話を聞いてピンと閃いた。まぁ、大船に乗ったつもりでいたまえ」

「本当ですか！？」

「ワシに任せろ！」

　力強い言葉と共に、がしっとその熊のように大きく毛深い手で肩を握られる。

「で、コンサルタント料なんだが、そんな大きなプロジェクトなんだ、たんまり予算を組んでいるんだろう？」

　そしてすかさずお金の話に入る。肝心の内容については「ワシに任せろ！」の一点張りで、とうとう最後まで教えてもらえなかった。

　数か月後。

『笑って長生き！　吉本新喜劇を見れば７７歳喜寿まで長生き出来る！』

『日傘で紫外線をシャットアウト！　これであなたも８０歳傘寿まで長生き決定！』

『ついに発見、日本人の長寿の理由は米だった！　８８歳米寿まで生きたければ米を食え！』

『何かを卒業する度に旅行へ行くべし！　９０歳卒寿まで卒業旅行を楽しむのは令和の定番！』

『知っている人は知っている、白物家電で９９歳白寿まで生きられるこれだけの理由！』

『仙人伝説は本当だった！　桃を食べればであなたも１００歳百寿まで生きられる！』

　テレビ、雑誌、インターネットでこれらの情報が流れに流れまくった。

　しかもどれも『厚生労働省公認』だの『厚生労働省も認めた』などと勝手に銘打たれてはたまったものではない。

　くそう、あの角刈り、なにがワシに任せろだ。好き勝手しやがって！

　しかもまだまだコロナが脅威を振るっているのに爆笑してしまう吉本劇場や、感染を広げる可能性のある旅行へ行けだと？

　さらに米も食べすぎると糖尿病の危険性が増すというのに！

　ましてや傘や白物家電や桃に至っては完全なこじつけじゃねーか！

　ああ、あんな奴を信じた私が馬鹿だった。

　これでは８８計画の成功はおろか、下手したら前年よりも数値が落ちてしまうかもしれない。

　そうなったら私は終わりだ。いや、そもそも奴が勝手に厚生労働省公認と銘打ったせいで、その対応に追われた私たちの平均寿命は現在進行形で暴落しまくっているのだが！

　そして翌年。

　日本人の平均寿命は……信じられないが爆上がりした。

　特に女性は８８歳どころか、９０歳を達成！　２０００年代に入って８０歳を越えてからなかなか９０歳に達することが出来ず、もはや諦めかけていたのだが、このコロナ禍でよもやの達成だった。

　噂によると米と白物家電と桃が８０歳越えの女性にバカ売れしたらしい。

　政府の地味なキャンペーンよりマスコミやインターネットを使って大々的にやった方がターゲットである女性にはウケると角刈りが言っていたが、どうやら本当だったようだ。

　ちなみに例の角刈りは一連の騒動を引き起こした張本人として、エリア８８に飛ばされたそうである。