食事と土産と

高岩 沙由

ルアールの思い出

 何もない平原に、ぽつり、と建っている城砦。

 その中のキッチンに一組の男女が思惑顔で立っている。

 男性は肩まであるグレーの髪をそのままにし、明るい緑色の瞳は天井を見ている。

 女性は男性よりも頭一つ分程小さいが、プラチナブロンドの長い髪を後ろに緩く縛り、透明感のある濃い藍色の瞳はテーブルのノートを見つめている。


 男性が最初に口を開く。

「アリーナ、町を建設する人が手軽に食べられるものってどういうのがあるだろうか?」

 男性の質問にアリーナと呼ばれた女性は顎に手をあてる。

「手に持って、さくっと食べられるとか? 一口で食べられるとか? マレさんはどう思います?」

 マレと呼ばれた男性も顎に手を当てて考える。

「手に持って、一口で食べられる……」

 マレはふと、先日まで滞在していたヴィーレア国で食べたアップルパイを思い出す。

「アリーナ、あれ、アップルパイ!」

 マレの突然の提案にきょとんとした顔をするアリーナ。

「アップルパイは、甘い……あっそうか、クリームスープ!」

 マレはうんうんと頷く。

「あの時話していたのは、クリームスープを固くしてパイに包む、ってことでしたよね?」

 アリーナは頷きながら、キッチンを歩きまわると具材を集め中央にあるテーブルに並べる。

「きのこ、鶏肉、人参……玉ねぎもね」

 アリーナは並べた具材を見て、こくん、と頷くとマレを見る。

「これから作りますね!」

「頼んだ」

 マレはそう言うとキッチンから出て、自分の部屋に戻っていった。


 翌日。

 朝食時間に食堂に行ってみると、パイが3種類並んでいた。

「マレさん、おはようございます」

「おはよう。これから試食?」

「はい。まず説明しますね」

 マレの目の前に1つめのパイを置く。

 それは皿の上にマグカップがのっていて、こんがりときつね色に焼けているパイが蓋のようになっていて、その手前には先が平たくなった、黄金色に輝く物が添えてある。

「これはですね、町を作る過程を見学にきた方のためにお土産として用意しました」

「お土産……?」

 マレは首を傾げる。

「はい。この国の紋章を描いたマグカップを作り、その中にきのこと鶏肉のクリームスープを入れるんです。手前のパンで蓋になっているパイを崩しながら食べるんですよ」

 説明を聞いて、マレは手前の黄金色のパンを手にして、パイを突こうとするとアリーナが慌てる。

「マレさん、パンは平たい方でパイを突いてください」

 慌ててパンを持ち換えて平たい方でパイを突く。

 さくっ、さくっ、と音を立てながら、ほろほろと崩れたパイがマグカップの中に落ちていく。

「パンでスープとパイをすくって一緒に食べてください」

 マレは言われた通りにすくって口に入れる。

「うまいな、これ」

 マレは言葉が出なくてもどかしさを感じる。

「パイはバターで香ばしく、クリームスープは野菜の甘さがあるけど、パイと一緒に食べても邪魔をしない」

 アリーナは満足そうにマレを見ている。

「マグカップにあるスープを飲み干したなら、スプーンがわりのパンも食べられるんですよ」

 マレはクリームスープに浸っていない反対側を少し噛んでみる。

 ぽきっ、という軽やかな音を立てて割れたのを口にする。

「もっと固いパンかと思ったけど、柔らかすぎなくていいな。それにほんのりと塩味だ」

「はい。年代問わず、だれでも食べられるように工夫しました」

 アリーナが得意げな顔で説明する。

「これ、いいんじゃないか? 名前は決めているのか?」

 マレの言葉にアリーナは一瞬固まる。

「……ルアールの思い出、というのはどうでしょうか?」

 マレの顔を見ながら、アリーナはおどおどと話す。

「うん。いいと思うよ。マグカップに紋章を描いているんだから」

 アリーナはほっとした顔をして、次のパイをすすめる。

「そういえば丸っこいのが2つあるな?」

「はい。1つは、クリームスープで具材は変わらないのですが、もう一つはカレーを包んでみました」

「カレーか!」

 マレは驚く。ヴィーレア滞在中に町で一度だけ食べたことがあり、その時にスパイスを購入していたのだ。

「はい。手軽に食事をするのなら、クリームスープだけではなく、カレーもいいかな、と思いまして」

「そうだな。種類があった方がいいだろうから」

 そう言うとマレは目の前の皿に置かれたころんと丸いきつね色に焼かれたパイを手に取る。大きさは手のひらよりも少し小さいくらい。

 そのパイを口元に持ってきたときに、スパイスの香りが鼻腔をくすぐる。

「食欲をそそるな」

 それだけ言うと、一口かじる。

 さくっ、というパイの食感のあとに、数種類のスパイスの香りが口の中に目いっぱい広がる。

 中のカレーは人肌の温かさでかぶりついたところで口の中をやけどすることはない。

「このパイは、パイ生地にもスパイスを練りこんであるんです」

「そうなのか」

 マレは感嘆の声を上げるしかない。

「これも美味しいな。スパイスが食欲を駆り立てるから、疲れて食欲のない時に食べたくなる」

 マレはそれだけ言うと、カレーパイを食べ続ける。

「これの名前は?」

 アリーナはまたしても固まってしまう。

「トルタ・デ・クーリー、ちょっとかっこつけてみました」

 アリーナは顔を赤らめながら名前を発表する。

「料理名でなんとなく想像できるからいいんじゃないか」

 アリーナはほっとする。

「町を作る人間は2週間後にはくるのだろう? その時にトルタ2種類を出して反応をみて、よければ、まあ、毎日だとあれだから、1週間に1度、出してみるといいんじゃないかな? マグカップは……作れる人間から探さないといけないか」

 マレは落胆するが、ルアール国の土産品も形になったし、建設する人への食事も形になった。

「少しずつ、形ができていくな」

 マレの呟きに、アリーナも頷く。

「まだまだ、国造りは始まったばかりだ。気を引き締めていこう!」

 マレは晴れやかな顔でいうと、土地を均すために食堂を出た。

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食事と土産と 高岩 沙由 @umitonya

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