第四話
夜半、南六は見張りを殺して北辰玄を脱獄させた。北辰玄は剣の代わりに両腕に鎖を巻きつけ、目に入った敵を片っ端から打っていく。北辰玄は鬼神のごとく暴れ回って砦の奥深くへと入り込み、ついに己の七星剣を取り返した。鎖を捨て、剣を構えた北辰玄にはもう誰も敵わない。狼が剣を手に血肉を貪り蹂躙していくその勢いたるや、立ち向かった連中は息をしてるのもしてないのも軒並み血の海に転がされた。さあ残るは呉衡廉のみ、北辰玄が一息ついたとき、奥の通路から何かが這っているような音が聞こえてきた。振り返り、剣を構えた北辰玄の目に飛び込んできたのは、赤くて丸い物体を引きずって歩いてくる南六の姿だった。
そいつの正体に気づいて
南六は虫の息の呉衡廉を北辰玄の前に放り出すと、カラカラ笑ってこう言った。
「そらよ、弟さんの仇だ。先に憂さ晴らしさせてもらったぜ」
「これはさすがにやりすぎだ。何故殺すより惨いことをする!」
咎める北辰玄に、南六は「ハッ!」と甲高い笑いを飛ばす。
「惨いだあ? お前、こいつが俺に何したか知らねえだろ。タマ無し竿無しにした上に、寝室房に閉じ込めて身の回りのこと全部やらせんだぞ! 夜は夜で何もねえ股いじって遊びやがるしよ、何様のつもりだってんだ! 俺ぁてめえの情婦じゃねえんだよ!」
女の悲鳴みてえな声で南六は泣き喚いた。それでも男の南六だ、呉衡廉の股ぐらを蹴り飛ばす力は相当のもんだ。痛みに絶叫する呉衡廉の股から鮮血があふれ出すのを見た北辰玄は、南六が落としたブツが手足だけじゃないことに気づいて絶句した。
「この世の悪事をどれだけ集めても、お前の行いの足元にも及ぶまい」
「そりゃどーも。これでもいっぱしの人でなしなんでね」
南六はそう言うと腰の短刀を抜き放った。刃が光ると同時に呉衡廉の目から光が消える。ここに希代のごろつきは命運尽きてお陀仏した。
そして首から鮮血をまき散らす呉衡廉を尻目に、南六は北辰玄に狙いを定めて突進した。
両者の刃が互いの体を貫く。
二人は互いに刃を立てたまま、息を荒げて見つめ合った。
倒れたのは南六の方だった。南六は天井を見上げると、口の端から血を噴いてカラカラ笑った。
「……剣王さんよお。これで分かったろう、お前は都合の良いときにだけしゃしゃり出てくる英雄気取りのクズだ。俺や北辰斗がどんな目に遭ったか、本当は何一つ分かっちゃいねえ。あんたは音信不通の弟が死んで、下手人が緑林の魔王だったから乗り込んできた、それだけだ……恨みさえ、人並み以上なら……どうとでも、仇ぁ……ぅ……」
最後まで言い切らないうちに、南六の目から生気が消えた。あとには北辰玄が一人残された。
だが、致命傷でないというだけで北辰玄も相当な傷を負っている。奴は這うように砦を出ると、手近にあった木の枝に火を点けて入り口から放り込んだ。あとは全て焼けるに任せ、貪狼剣王は姿を消したというわけさ。今ごろあの七星剣も錆びちまってるだろうよ。
……え? 血なまぐさすぎる? そいつは悪かったな、だが俺も聞いた通りに喋ってるだけなんでね。どうしてもダメってんなら酒でも浴びてとっとと忘れろ。さーて、話は終わりだ、金払って散った散った。
***
俺は急いで撤収すると近くの路地裏に飛び込んだ。だが加減を見誤ったせいで今日も下着がびしょ濡れだ。タマも竿もないおかげで小便ひとつままならない、このクソみてえな体にもようやく慣れたと思ったのに、情けないったりゃありゃしない。
ため息をつき、なけなしの日銭が替えの下着に消える憂鬱を振り切ると、俺は路地裏を歩き出した。
噓で仕上げた講談に比べりゃ、臭くて湿った下着なんざどうってこたあねえだろう。
星辰は堕ちて泥に塗れ 故水小辰 @kotako
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