第三話
さて、話は変わって
まず奴が聞いたのは、緑林の魔王、呉衡廉のお気に入りが呉衡廉自身の手で殺されたということだった。しかもそのお気に入りは姓を北辰、名を斗というときた。これには北辰玄もびっくりだ、なにしろ自分の弟がいつの間にか緑林の大悪党の手下になっていただけでなく、大悪党その人によって殺されたんだからな。弟のために北辰玄は呉衡廉の根城に一人で乗り込み、多勢に無勢で剣を奪われるまでに三百の敵を斬った。そして呉衡廉その人によって投獄されたが、見張り役に名乗り出たのは一人の若い男だった。
男は不思議ななりをしていた。顔はつるりとしてひげの一本もなく、細身だがどうも体に丸みがある。笑うと女のような甲高い声が出たし、時々小便を漏らすからいつもどこか臭かった。他の仲間に嘲笑され、いつも苛立っているこの男に、あるとき北辰玄は声をかけた。
「どこか具合でも悪いのか」
男はぎろりと北辰玄を睨みつけると
「そんなんじゃねえよ」
と答えた。
「ねえんだよ、アレが」
アレ、と言って青年は自分と囚人の股間を交互に指さした。北辰玄が目を丸くしてそのわけを聞くと、男は「ハッ!」と甲高い声を牢に響かせて笑い、格子に掴みかかって怒鳴り散らした。
「お前の大事な弟のせいで、
いきなり怒鳴られて仰天したか、それとも弟のことを何一つ知らなかったか。北辰玄が返事を探していると、男は勝手に喋りだした。
「だがあいつは何も悪くねえ、呉のクソがいかれてやがるんだ! そりゃ俺だってタダで済むとは思ってなかった、だがなんであいつが死んで俺がタマ無しにならなきゃなんねえんだ! 俺だけ殺せば済む話だった、ああ俺ならそうするね、俺の男を勝手に寝取った下衆野郎が悪いんだからよお!」
キンキン声で喚いたかと思うと、今度は顔を覆って泣きながら座り込む。そして次の瞬間、男は涙の滲んだ目で笑いだした。
「だがあんたがしゃしゃり出てきて助かったよ。天下の
「……お前の話が分からないのだが」
北辰玄は男を横目で睨みつけた。そりゃそうだ、こんなの狂人もいいとこだ。
だが最終的に、北辰玄はこの男の話に乗る。
「あんた、北辰斗の仇討ちに来たんだってな。俺もちょうど北辰斗絡みで呉衡廉をぶち殺してえと思ってんだ。どうだ、俺たち組まねえか? 殺されるまで弟に見向きもしなかったクソ兄貴にすがるっきゃないのが悲しいところだが、あいにく俺じゃ力が足りねえ。そこは割り切って何でもあんたの言うこと聞くよ。どうだ」
北辰玄は逡巡ののち頷くと、男の名を聞いた。
「南六だ」
男は答えた。
この瞬間、緑林の魔王と貪狼剣王の命運が定められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます