第二話

 さあ大変だ、出来心でいじめた相手が貪狼剣王の弟だったとは! だがなんでまた、正義の星たる貪狼剣王の弟がこんなところにいる? ばれたらこいつの命はない、いやそれよりも、もしこの小貪狼が剣王その人と繋がっていたら危ういのは自分の首だ。あれこれ考えが飛来する中、北辰斗ほくしんとを追いかけて寝室房の前まで来た南六は、扉を叩いてどういうことだと喚き散らした。すると扉がぱっと開いて、南六は中に引きずり込まれた。



 南六を入れたのは半裸の北辰斗だった。北辰斗は固まって動かない南六に一瞥をくれると、机の方に歩いていった。北辰斗の体にはあちこちに濃いあざができていたが、それにしても奴の肌の白いこと、肉の締まっていること――

「そこでぼうっとしてるなら、水を持ってきてくれないか」

 北辰斗に言われて南六は我に返った。そこで慌てて水を汲みに行ったがさすが二番手の部屋、広い寝室の横に風呂場まである。南六が風呂の水を汲んで持っていくと、北辰斗は礼を言って手巾を浸し、それを脇腹のあざにあてた。

 擦れて痛いのか、わずかに顔をしかめながらあざを冷やす北辰斗を見ているうちに、南六はなぜだかどぎまぎしてきた。


 ここで結論を言っちまうと、呉衡廉も貪狼剣王も南六も、この星辰のごとき美男子に全てを狂わされたんだな。


 だが今は南六だ。もちろん奴は男だが、同じ男の北辰斗の体に心臓が跳ねてしょうがない。体は熱いし頭はぼうっとするし、その上薬を塗るのを手伝ってくれなんて頼まれたもんだから、南六は完全に飛んじまった。南六は北辰斗に近付くと、唇を奪って床に押し倒した。そのあとは……まあ、アレだ。半裸の男が盛った男に押し倒されたんだ、言わなくても分かるだろ。



 こういうわけで親密になっちまった北辰斗と南六だが、これが良かったもんだから、次も、また次もと確かめあってついには情まで芽生えてきた。北辰斗は自分のことを正直に話し、南六もそれを守ると誓った。とはいえ、北辰斗が話していたのは別に嘘でもなかったんだがな――貪狼剣王といやあ、十八の年に万年の雪山にこもって剣の奥義を悟った話が有名だが、考えてもみろ、普通年の離れた弟のいる奴がそんなことするか? つまり北辰玄はそういう男で、だから北辰斗は一人ぽっち、街の道場に寝泊まりして生計を立てるしかなかったんだ。

 事情を知った南六が北辰玄を非難しても、北辰斗は

「だけど天下の剣王だ。あそこまで武術を極めるなんて大哥兄さんはすごいよ。僕には絶対できないもの」

 と言って悲しそうに笑うばかりだった。

「お前も雪山にこもればいいじゃねえか」

「無理だよ、僕は大哥ほど才能がないもの。それに僕には君たちがいるからね。ここにいれば、いつか大哥が僕を見てくれるかもしれない」

 寂しそうに笑う北辰斗はなんとも可憐で愛おしかった……南六にとってはな。

 そんなこんなで季節は巡り、北辰斗は呉衡廉の相手と右腕を務めあげ、南六は北辰斗を通して下される命令のとおりに狼藉を働いて成果を上げた。そして空いた時間で二人はこっそり逢瀬を重ねた。


 幸せだったと思うぜ。それなりにな。


 だが、一体どこからボロが出たのか、二人の関係は呉衡廉ごこうれんの知るところとなる。そして起きたのは悲劇の別れだった。


 ある晩、南六が自室に戻ると、そこは血塗れの地獄と化していた。中央に立っているのは熊みたいにでかい毛むくじゃらのおっさんで、片手に血の滴る刀、もう片方に北辰斗の首を持っている。おっさんの足元では、南六が大事に愛した体が転がされて痙攣していた。首の切り口はまだ鮮血を噴いていて、南六はたまらず床に胃の中身をぶちまけた。

 おっさんは鼻を鳴らすと、北辰斗の首をゲロの中に放り投げて凄んだ。

「お前が南六なんろくだな」

 震えながら首を拾い上げた南六に向かっておっさんは言った――この俺、呉衡廉の愛玩物を横取りするとは何事か、と。

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