星辰は堕ちて泥に塗れ
故水小辰
第一話
さあ寄った寄った、これから話すは天下の剣客、江湖剣界の頂点に君臨する
そう、あの貪狼剣王だ。やっこさん、ついこの間まで天下一の剣客だったってのに、今じゃ風のうわさにも聞かねえときた。そしてあの緑林の魔王、悪逆非道の
なに、俺の態度が悪い? 知らねえよ、俺だって好きで喋ってんじゃねえんだよ。気に食わねえならとっとと帰んな、だが真実が知りたけりゃ、我慢して最後まで聞くことだ。
さ、まずは人物紹介と行こう。一人目は緑林の青年剣客
たしかに呉衡廉は若い娘を大量にかどわかしてよろしくやってたが、実はとんでもねえ絶倫で、男でも女でも誰彼構わず欲情してた。おまけに女は使い捨ててたが、男に関してはかなり執念深かったと聞く。奴は手下の中から使えそうな奴を十人ばかり引っこ抜き、その中から一番良いのを選んで側近として――そして夜の遊び道具として死ぬまで手元に置いてた。これに選ばれた最後の男が北辰斗だったってわけだ。
だがかわいそうに、北辰斗には乱暴な中年おやじと寝る趣味はなかった。三下からの大出世を遂げたはいいが、おこぼれの美女にはあやかれず、入れたくもねえブツをケツに収めてじいっと耐えるしかない。
これだけでも大したもんなんだが、北辰斗の奴、ここまでのし上がっておきながら誰にも素性を知られていなかった。親を早くに亡くして兄貴はろくに面倒を見てくれず、流れ流れて呉の砦に寄り付いたというのがお決まりの昔話だったんだが、それ以上のことは「昔のことだ、もう忘れた」の一点張りだ。それをすっと通った眉根を下げてちょっと笑って言うもんだから全員が信じて疑わなかった。呉衡廉でさえ騙されてたんだから、ほんとすげえタマだよ。
ところが、ある男が北辰斗の出自を突き止める。男の名は
ある夜、奴は偶然にも、北辰斗が捕虜の娘を逃がすところを見ちまった。なんでも北辰斗は娘に自分の背中のあざを見せて、呉衡廉の酷さを赤裸々に話していたんだと。娘が頷くと、北辰斗はそいつを連れて、砦の外に出る隠し通路へと姿を消した。
一部始終を見ていた南六は、戻ってきた北辰斗を捕まえて脅した。というのも、南六は例の選抜で北辰斗に負けていて、つい最近まで同じ三下だった北辰斗にあごで使われるのが気に食わなかったんだ。南六は呉衡廉の寵愛を引き合いに出して、今のことをばらされたくなかったら自分の言うことを聞けと言って迫った。ついでに北辰斗の弱みを全部握ってやろうとしたんだな、南六の奴は北辰斗に本当の生立ちを語らせようと小刀を首筋に突き付けた。
「本当に、昔のことで忘れたんだ!」
怯えて悲鳴を上げる北辰斗が南六には面白くてたまらない。
「馬鹿言え、親兄弟の名前ぐらいは覚えてるだろうが。ほら言えよ、そしたらこれ以上手え出さねえからよ」
首の肉に刃が軽く食い込んで、北辰斗の喉がぐっと鳴った。整った顔から血の気が引いたが、それでも北辰斗は南六を睨みつけたまま、命乞いの言葉すら断固として吐こうとしない。
これには南六も困り果てた。それまで南六が脅した連中は、皆なんとか見逃してもらおうと必死になったもんだが、北辰斗はそんな気配をちっとも見せない。これではらちが明かない上に、下手すりゃ自分が呉衡廉の怒りを買う。南六は渋々小刀を下ろして北辰斗を解放した。
「……悪かったよ。ちょっとやりすぎた」
「
そのとき、北辰斗が口を開いた。
「何だって?」
南六が聞き返す。北辰斗はもう一度、
「北辰玄。僕の兄だ」
と言って南六を置いて立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます