第一話 そして僕は入学した 前編

 食器を片付けると再び洗面所へと歩を進める。洗面台の前で先ほどなおした寝癖などの再確認を済ますと歯ブラシをとってチューブを絞り歯を磨き始めた。普段ならば少しまだ眠気が残っている状態で歯を磨いていたところだが流石に入学式に対する緊張感などによって胸の高鳴りまで感じている。

 入念に歯を磨き終えるとコップに水を注いで軽くうがいをし派の汚れとともに吐き出した。

 口の中にミントの残り香を纏わせた状態で洗面所から出ると自室に戻りカバンを持った。僕のカバンはリュックサック式で背中に小タイプである。最終確認をしているだけの時間は余っていためそのまま父親が出て行った玄関へ向かった。

 「じゃあ、行ってくるわ…」と言ってドアノブに手をかけると後ろの扉から母さんがひょこっと顔を出して

 「行ってらっしゃい」とだけ言って部屋の中に消えて行った。

 僕はゆっくりと扉を開き学校へと歩を進めることにした。

 家から僕の通うことになる『三玉青鈴高みたませいりん高等学校』までは距離はそれなりに近いためこれからは主に徒歩通学になるだろう。

 『三玉青鈴高等学校』通称『青高あおこう』は、三年制の普通科進学校だ。青高は僕の家から一番近い高校ではあるが実は偏差値もそれなりに高く県内でも入ることが難しい学校に分類される。 

 我ながら勉強が苦手ではなかった僕は家から近いからという理由だけで志望してしまった。もちろん面接もあったがそんなナメくさったことは断じて言っていない。

 

 家を出てちょうど学校までの距離の半分ぐらいの地点まで歩いてきた。すると後方から黒塗りの外車がやってきて僕との距離が近づくにつれて減速していき最終的に僕を追い抜くとすぐ近くの道端に停車した。本当に経済的に余裕のある、世間で言う『お金持ち』や『セレブ』と呼ぶにふさわしい様な、そんなたぐいの高級車だ。住宅街のど真ん中にこんなにもゴージャス感を解き放っている外車が停車しては間違いなく目立つし、事実住宅街とはいえ通行量が多いためたまたま通りかかった通行人が二度見しては通り過ぎていっている。

 柳が止まった車に追いつくと運転席の窓が下方向にスライドしてきて僕の父親である林道颯が姿を見せた。

 「遅刻はしていないようだな」

 そう言い柳の顔を見ると窓が上にスライドしていって完全に閉じきった。すると後部座席から一人の女子高生、もっと言うならうちの高校の制服を着た青高生が姿を現した。

 膝の上に置いていた黒いスクールバックを膝前あたりに持ち替えアスファルトに着地した。

 一切のけがれを寄せ付けない漆黒の黒髪は肩まで動作の一つ一つに反応し吹く風とともに美しく踊り、ほのかに触れるもの全てに色を与える肌は自分の身を包む制服の魅力を最大限に引き立てる。

 やや薄めの生地で構成されている黒色のニーソックスは露出の少なさから清潔感を際立たせその包み込まれた美脚はスラリと伸び、磨き上げられたチェスナットブラウンのローファーは一般の高校生の私物であることを疑わせる程の一級品。

 新調された学校指定のセーラー服が主に上半身と下半身を紺青こんじょう色に包み、白色に黒い二本の細いラインが施されている襟が上半身の藍色あいいろの部分に対して明るく目立っている。

 その中心に着装しているノワールの大きめのリボンだが、ここにあることに意味があると言わんばかりに似合っている。

 手首まで程よく伸びた袖布は再び彼女自身の指先まで清楚潔白な皮膚を強調するためにあると思うほど完璧に着こなされた正装だ。

 彼女の大きな瞳は少しつり目で全てを吸い込む様なシグナルレッド色をしているが、どこか美しいものでも愛でるような乙女の瞳はじっとりゅうを見つめると、振り返り彼女の座っていた座席とは逆サイドに座っている人物に対して

 「お父様、では行ってまいります」と言い完璧なお辞儀を見せると父親も頷いてから

 「楽しんできなさい、目黒家の名に恥じぬように」といい少し微笑むと、次に颯に対しても「ありがとうございます」とお礼を済まし再びこちらに正面を向けた。

 りゅうも彼女の父親の存在に気が付くと

 「目黒社長、いつも父親がお世話になっております」と言いこくりと礼をする

 「此方こちらこそ、いつも娘が世話になっててすまない。二人とも新しい高校生活を楽しんでくるんだよ。」とニコッと笑うと勝手にバンッとドアが閉まった。

 父親と彼女の父親を乗せた高級車は残された二人を見送るように発進して行った。

 「おはよう柳くん、今日はいい天気ね」



 僕は今、目の前の完璧存在とともに目的地へと歩を進めていた。

 「あのぉ、椿つばきさん…前にも言ったと思うんだが、やめません?その呼び方」

 「どうしてかしら?」

 こいつの名前は【目黒 椿つばき】、僕の父さんが務めるの会社の社長の娘であり目黒家の娘、つまり社長令嬢である。

 椿とは昔から一緒にいる、いわゆる幼馴染ってやつだ。父親が目黒家に勤めてたため僕もその勤め先であった目黒家に行くことが度々あった。お互い親の都合で同じ会に同席したり、目黒家の屋敷に預けられたりなど日常茶飯事だった。

 当然目黒家に自分の部活の息子だからという理由だけで預けられるわけがない。

 僕の父さんと椿の父親は高校の同級生だったと言うのが大体の理由だろう。そのためことあるごとに椿とは一緒に過ごしてきた。椿とは小さい頃からの腐れ縁なのである。

 「いや、なんか僕的に『柳ちゃん』って呼び名すっげぇむず痒いんだが?」

 「いいえ…『柳ちゃん』は素敵な呼び名よ」椿は遥か遠くを見つめる様にそう言った。

 僕はそんな椿の顔を見ると何もいえなくなってしまう。椿のその顔から心中を汲み取ることは僕にとって容易なことだった。

 「どうしてもというなら改善するわ」

 「いや…大丈夫さ、今頃変えられても逆に違和感があって嫌だしな。そういえば『めぐみさん』には高校入学するって教えてあげたのか?」

 「えぇ、今朝仏壇と母様には手を合わせてきたわ」 

 「恵さんも生きていたら喜んでたんだろうな。お前の制服姿が見れて」今のは少し軽率な発言だったかもしれない

 『恵さん』、それは彼女『椿』の母親の名だ。恵さんは6年前に癌で亡くなっている当時小学生中学年ぐらいだった僕にとってはもう一人の母親的存在で、僕自身も大好きだった。『柳ちゃん』という呼び名は恵さんが椿に教えてた名前であり恵さんが僕につけてくれたでもあった。

 だから彼女にとって『柳ちゃん』、そのあだ名は特別なものなのだろう。

 椿はすこし微笑んでから

 「暗い顔をしないでちょうだい、少しペースを上げた方がいいわね。入学初日から遅刻なんて悪目立ちしてしまうもの」

 そういうと黒いスクールバックを肩にかけた方とは逆の手で僕の手を引いて歩速を上げた。

 『微笑む』、普段から感情というものを表に出さない彼女にとって僕を安心させるための最大限の表現なのだろう。だが、その微笑みには一切の嘘はなく自然に笑っていた様にも見えた。

 少し恥ずかしくはあるがその手を握り返すと彼女は安心した様な、そんな笑みを浮かべた。

 


 校門前までやって来る頃には二人の手は離れていた。既に校門付近から生徒玄関までの道は大勢の新入学生たちでごった返していた。

 校門に立てかけられている『入学式』と書かれた看板の前には記念撮影の列ができている。

 「並ぼう、僕も一枚撮っておきたい。母さんに見せる写真がなきゃ残念がりそうだし」

 「えぇ、仏間に飾る写真が欲しかったの」

 二人は列の最後尾に並んだが写真を撮るだけの列は進みもスムーズだった。列が長かったのは時間帯的にピークだったからなのだろう。

 柳は並んでいる間は常に視線を感じていた。理由は明白、隣の椿の存在感によるものだろう。椿は幼い頃から歳不相応と言っても過言ではない美貌を持っている。そのため彼女に告白をし敗れてきたものは決して少なくはなくそれは異性だけではなく同性からもアプローチを受けるほどの魅力だ。

彼女の近くにいれば漏れなく一部の人間から睨まれることかできる。

 そんなこんなにではあるが、二人が最後尾から最前列まで進むのに時間はかからなかった。

 「じゃあそこの前に立って」

 柳がスマホのカメラを構えるとむすっとどこか不満げな表情をした椿が画面に映った。

 椿のやつ緊張してんのか?

 「リラックス、リラックス!」

 「柳ちゃんは一緒に映ってくれないのかしら…」

 えっ、

 椿は二人で撮るつもりだったらしい。しかし現在進行形で注目の的である彼女と写真を撮るのは目立ちそうだ。

 第一自分が写ってしまったら誰が写真を撮るんだと、そんなことを考えていると後ろから一人の男子学生が話しかけてきた。

 「俺が撮ろっか〜?写真」

 振り返ると眼鏡をかけていて胸に薔薇の造花を身につけた男子生徒が手を差し伸べている。

 「本当は君も写りたいんだろ?俺が撮るよ写真」

 「いや、でも…」と柳が詰まった

 すると今度は耳打ちで

 「ん?なになにぃ?実は仲悪かった?ごめんごめん!」

 「違う違う、そうじゃなくて…」

 「じゃあなんで写ってあげないのさ」

 「っ…!」

 確かにそうだ。普通に考えて写ってほしい人がいて好都合にも代わりに写してくれる人がいるのに何を断ることがあるんだ。

 僕は椿の友達じゃないか。

 「じゃ、じゃあ…おねいしまs」「おっけー!撮るよ!」

 言い切る前に彼は柳のスマホを強奪するとカメラを構えた。

 柳も椿の隣にスタンバイすると椿がくっついて来るので同じ様に身を寄せる。

 「はいチーズ!…」カシャッ 「あ〜うんうん、おっけおっけ!!」

 「ありがとうございます」

 柳がお礼を言うと椿も隣でコクリと礼をする。

 三人は次の邪魔にならない様にその場から離れた。

 「いやぁ、すっげぇ綺麗な人がいるって聞いてきて見たら中々面白そうな展開だったもんでついなw」

 彼はそう言いながら柳の携帯を差し出す。そこにはとても写りの綺麗な柳と椿が写っていた。その写真を椿が嬉しそうに眺め始めた。

 「写真上手なんですね」

 「いやぁそぉ?てれるねぇ〜…そういえば隣の子は彼女かな」

 「いえ、こいつは幼馴染ですよ」

 「ほえー、まぁ付き合ってはないんだろなとは思ってたけどね。てかてか、その敬語やめてくれヨォ〜なんか俺だけ馴れ馴れしいみたいじゃんかっ」

 「……」

 事実馴れ馴れしいんだがな

 なんだこいつ…良い奴なんだろうけど…なんだこいつ…

 「じゃ、じゃあお言葉に甘えましてタメ語使わせていただきます」

 「敬語じゃねぇか…ま、いっか。俺【青星ああおぼしけい】ってんだよろしく」そう言って青星は下手くそなうウィンクをかます

 「僕は【林道柳】でこっちが…」

 「【目黒椿】と申します」

 「ほおほお、林道と目黒ね…メグメグってあの目黒⁈」

 「多分その目黒だな」

 流石に驚くよなぁ…目黒家だもんなぁ

 『目黒家めぐろけ』とは、三玉県の観光大使兼大手旅行会社『目黒トラベル』そして『三玉目黒カンパニー』を実質所有している資本家の家名だ。つまりこの辺りの観光業は目黒の元で成り立っている。観光支援も経営も目黒家の領域にある三玉にとって目黒家は大きな存在なのだ。

 そんで今僕の隣にいる椿こそがその資本家の愛娘なんだよなぁ

 「わわぁ、はははすごい人に会っちゃったなぁ…」

 「おい、そんなあからさまに引くなよ。打ち首にされるぞ…」

 「柳ちゃんがそう言うなら…そうする」

 「ひえっ…ま、まぁさ!冗談はさておいて式始まっちゃうから受付してこいよ!」

 そう言った青星慧が指差した先には受け付け用の机があり生徒会らしき生徒たちが受け付けを担当していた。

 「あそこで本人確認と受け付けを済ますと造花がもらえるから急いで済ましてこいよな」

 「いろいろありがとう…青星」

 「慧って呼んでくれよぉ。まぁ、俺は先に教室行くからまた会お〜な『柳ちゃん』♡」

 「お前…」

 「柳ちゃんは素敵な名前よ?」

 そう残して青星慧は生徒玄関の方へと消えていった。

 二人はその後受付を済まし生徒玄関へ向かった。

 大きく張り出されたクラス表の前に群がっている生徒の中には同じ中学の者も居たがほとんど関わったことのない他人に近い元クラスメイトだ。

 そんなことはどうでもいいと言わんばかりに自分のクラスを確認しに行った椿が人混みの中から歩いてきた。

 真顔ではあるが嬉しそうにも見えた。何かいいことがあったのだろうか。

 「柳ちゃんと同じクラスだったわ。今年もクラスメイトとしてよろしくね」

 同じクラスだったらしい。

 まぁ、ひとまずは入学早々お互い孤立する可能性はなくなったか…

 「それと青星さんも同じクラスだったわ」

 「おぉ、そーなんだ。あいつはコミュ強っぽいし上手くやるんだろうな」

 そんなことを考えながら二人は4組へと向かった。


 廊下を歩く時も視線は感じるしヒソヒソと話し声も聴こえる。隣にいる椿の存在感が強すぎるためその隣を歩く自分はやはり悪目立つ。

 「あの子可愛いなぁ!」「きれー、どこの娘⁈」「隣のやつなんだ?」「男の方は…顔はいいけど…なんか冴えない感じね」などの声が聞こえて来る

 おい誰が冴えない感じだ… 

 少し長く感じた廊下を歩いているとやっと4組についた。

 「あの娘4組かよ…」「最悪だ…俺3組だ。惜しぃ!」「隣の男と代わりてぇ」

 惜しくもねえし代わらねぇよ…散れ散れ

 柳が教室の前扉をガラッと開けた

 「やぁ、また会ったねぇ。りゅ〜ちゃん♡」

 「おう、不本意にもな」

 「つれないこと言うなよぉ〜」と言い慧は柳に抱きつく

 「やめろ抱きつくな離れろ…つかその名で呼ぶなぁ!」

 「青星くん、柳ちゃんから離れなさい。青星くん、『柳ちゃん』は素敵な名前よ」

 「『柳ちゃん』のくだりはもういい‼︎こいつをっ、くそっ!力強ぉ⁈」

 間違いなく目立っているこの状況を止める者は現れず担任教師が来るまで続いた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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死にヒロインは青春を知らない〜死者は青い春を眺める〜 ちぇk @chekerara

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