第5話 雪女の山
......あ、目覚めました?
......よかったです......あなた、眠くなるお茶を飲んで倒れていたんですよ。
......あたしが外に放り出していたら、今頃死んでましたよ......ふふ。
......
......寒いですよね。お茶でも......おや、いらないですか。残念です......
......
......そういえば、あなたの名前、まだ聞いていませんでしたね。
......あ、あぁ大丈夫です、名乗らなくても。
だって......
「『秋川 龍太』これがあなたの名前でしょう?」
彼女がその名前を出した瞬間、一気に空気が張り詰めた。
男はベッドから飛び起き、顔は一瞬で......敵意にあふれた顔となった。
「なっ、なぜ......俺の名前を知ってる?」
「うぅん?聞くんですか?知ってるくせに......これですよ、これ。」
彼女は......名刺を取り出した。
「眠っている間に拝借しました。『株式会社雪女 社員 秋川 龍太』......」
「なっ......やめろっ......!」
「ふふふ、やめるわけないじゃないですか。......ようやく、真実が明らかになったというのに......」
「......」
男の表情は、敵意が治まってきて、動揺が目立つようになってきた......
一触即発の空気が、辺りに漂う......
「この名刺のおかげで、あたしがずっと想像していたことが確信に変わりましたよ......」
そう言って、軽く微笑む。
そしてアヤカは、無駄に溜めてからこう言った......
「......ここ、雪女を作る工場でしょう?」
ずっと不思議だったんです。雪山の中の小屋なら、もう少し防寒がしっかりしていてもいいんじゃないか、って。でもここは違う。明らかに寒すぎる。ホント、どこに居ても寒いんですよ。寝室やトイレは隙間風が止まないし、ストーブがある部屋も、馬鹿みたいに広いから全く暖まらない。
地下室だって、どこかしら壁に穴が開いているのか、雪山の雪解け水が常に入ってきて、全く暖かくないんです。......偶然じゃないでしょう。書斎にある本、全部耐水性の紙でできてましたもん。完全に狙ってますよね。
お茶だってそうです......まずいやつだったり、眠くなるやつだったり......まともに体を温めさせる気がないやつばかり......ホント、性格悪いですね。
あたしは思いました......『とても人が暮らす所とは思えない』ってね。
......この写真、見てください。ここに3歳くらいの女の子がいるでしょ?それ、ここに来る前のあたしです。......青いでしょう?髪も目も。今とは比べ物にならないくらい、色が濃いでしょう......?これが、こんな色になるなんて......!
......あたしも疑心暗鬼でしたよ。ずっと寒い環境下にいるだけで雪女になれるのか、って。でも、ここで暮らしていくうちに次第に髪も目も色が薄くなっていって......今みたいに、ほら、こんなに寒いのにノースリーブでいられるようになったんですよ。......まぁ、きっと食べ物とかにも工夫がされていたんだとは思いますけどね。
だってあなた、あたしが出した芋と肉を適当に煮たやつ、全然食べようとしなかったじゃないですか。お腹空いているはずなのに。だからあたし思ったんです。
あ、これは食べ物に何か入ってるな、って。いや、昔から怪しいとは思ってたんですよ?いくら熱しても温かくならないんですもん。さっきだって湯気、上がってませんでしたよね?でも......アレです。生理的欲求?ですっけ?生存のための欲求?......アレは安全のための欲求よりも優先される......ですよね?だからあたしは生存のために食べざるを得なかったんですよ。あんな怪しい食べ物を。安全を犠牲にして......!......ホント、これはもう信じるしかないですよね......?
......あぁ、普段はクローゼットの服を着ていたんじゃないのかって?あれ、ウソですよ。あんな暑苦しいもの、着れるわけないでしょう。あたしはここ1年、ずっとこれしか着てませんよ。......本当ですよ。ずっとこれ一着です。汗ももう随分昔にかかなくなったから、洗濯する必要もないですしね。
......薪や食料が尽きる気配がなかったのも、これで説明がつきますよね。尽きてしまったら死んでしまいますもん。商品を殺すわけにはいかないでしょう......
......それにしても、薪や食料を積み上げまくって、物理的に補給装置を隠すとは......考えましたね。
......証拠はありませんよ?今言ったことは全部ここが『雪女を作る工場だ』という証拠には何一つなっていない。ただそう思わないとおかしいだけで......
だから、この名刺が必要だったんです。
いや......正確には、あなたの個人情報が特定できるものであればなんでもよかったんですけど、ね。
あなたがここに隠された真実を知っている人間だということは、最初からほぼ確信していました。だって壁に囲まれているこんなところに、突然現れたんですから。
だからあなたを揺さぶれば真実がわかるかもしれない、と思ったんです。
......まぁ、逆にそれくらいしか真実を探す方法はなかったんですけど......ね。
この名刺が偽物でないかどうかは、あたしが名前を呼んだときのあなたの反応で大体わかりました......あとはあなたが動揺した状態のままひたすら推理を披露するだけです......急に名前を当てられて動揺しているあなたは、嘘をつく余裕などない......だから、あたしの推理が事実かどうかはあなたの、その反応で大体わかるんです。
人を揺さぶる方法は数少ないけど、あたしは、あなたの名前を呼ぶだけで、あなたを揺さぶることが出来る。あたしがあなたの名前を知るはずもない弱い立場にいるってこと、利用させてもらいました。ふふふ。
......え?いつから疑っていたのかって?御冗談を......さっきも言ったでしょう。最初からですよ。
だって、もう一度言いますが、ここの山、高い壁に囲まれていたんですから。遭難者が現れるはずがないんですよ。
......まぁ、最初は驚きましたが、今になってみれば壁に囲まれているなんて当然ですよね。商品に逃げられるのを許すわけにはいけませんから。逆にそんな特異な状況じゃないと『壁に囲まれている』なんてこと、納得できないですよね?
......でも、そう考えたら、おそらくあなたが遭難した理由って、雪山と雪女たちの点検に回っていたところ、過って落ちてしまったからではないのですか?逆に、それくらいしかあなたがここに迷い込める方法はないでしょう?......当然すぐに救出されるはずだったんですが、不運にもそれより前にあたしに見つかってしまい、ここに連れ込まれた......違います?
......そしてあなたが怯えていたあの落書き!
あの落書きは、あたしが書いたものではない。それはわかりますね。だって手が届かないんですもん。机椅子も固定されていますし。だからアレは、あたしではない誰かが書いたんですよ。だけどあたしがこの小屋に来てからはあなた以外ここに来た人はいない。あなたも最初からわかっていたでしょう?そしてあなたはあの落書きを書いてはいない。当たり前ですね。
つまり真実は一つです。あの落書きは、あたしがここに来る前からあったんです。まぁあなたたちがあんなこと書く理由はないでしょうから、普通に考えてあたしの前にここにいた雪女が書いたんでしょうね。(長身の......)
あたしの前に雪女がいたのかって?いたでしょうね。だって、ここは雪女を作る工場でしょう?それにこんな立派な場所が使い切りなわけがない。雪女を育てるために何回も繰り返して使っているんじゃないですか?
そう考えると落書きの内容もやっぱり説明がつきます。『こ の 山 は 雪 女 が 現 れ る』......普通に雪女が居るのなら、『出る』とか『居る』でもいいはずなのに、わざわざ『現れる』と書いた......これは、最初は居ないけど、後から居るようになるということを伝えたかったんだと思いますけどね。そうじゃなきゃわざわざ『現れる』なんて書かないだろうし......
......前にここに居た彼女は、自分が徐々に雪女になっていく恐怖の中で、何とか自分の後にここに来る人にそれを伝えようとした......いつかはここから脱出してくれる人が出てくるはずだ、という期待を込めて......ね。羨ましいですよ。希望にあふれていて......
......前から雪女の正体を知っているはずのあなたがあの落書きに怯えていた理由、よく分からなかったんですが......今ようやく分かりました。あなたが怯えていたのは雪女が怖かったからではない!あの落書きのせいであたしに真実がばれることが怖かっただけですよね!!?
......
......おや、どうやら当たりみたいですね......そんな物騒なものを取り出すなんて。それ......銃でしょう?知ってますよ、それくらい。どうせアレでしょう?「秘密を知ったものは生かすわけにはいかない」ってやつですよね?
......まぁ当然ですよね。あたしは雪女にされるためだけに今まで生かされてきた......逆に言うと雪女にできなかったら生かす価値がないってことですから......この場所の秘密を知った上に、職員に手を出すなんて......そりゃあ『処分』ですよね......?どうせ命令が下ったんでしょう?『その不良品を今すぐ処分しろ』、って......
......ふふふ、でも大体こうなることは分かっていました。覚悟はできてますよ。
......え?最後に一つ聞きたいことがある?ハァ......何なんですか......もういいでしょ......まぁ聞きますけどね。ふむふむ、「何で俺を殺さなかったのか」って?「俺を殺さなかったらこうなることは分かりきっていたはず。なのにどうして殺さなかったのか?」って?
......え?
......それ聞いちゃいます?
......ふっ、ふふふ。
(一瞬の間......)
......あなたを殺したら、あたしはチャンスを逃すことになるからですよ。
......え?何のチャンスだって?......ちょっと、そんな物向けといて、まだ分からないんですか......?死ぬチャンス、ですよ。
......どういうことか、って?
......
......ふふふ。
......あたしはもう、諦めたんですよ......物心ついた時からずっとこんな寒~い所に居続けて......訳がわからないうちに体がどんどん冷えていって......このまま死んじゃうんじゃないかって......けれども死ねなくて......脱出しようとして、何度も山を下りようともしました......けどそこにあったのは、壁......ずっと、壁です。
あぁ、壁を見つけた理由が違う?あれもウソですよ。だって当時何歳だと思っているんですか?あんな立派な考え方、できるわけないじゃないですか。山を下りた理由は脱出したかったから、壁を見つけたのも脱出しようとした途中、ですよ。理由は後から考えただけです。結果的にうまく誤魔化せたからよかった、ですけど。
......とにかく、あたしは壁を見つけたんです。忘れもしない、今から丁度8年前のことでしたね。その瞬間......
(アヤカ、秋川を見つめる......)
......あたしは、もう諦めました。あぁ、あたしは雪女になるんだな、って。そして、もう一生この寒~い地獄から、逃れることはできないんだな、って。10年前にここに来て、希望を捨てたのが8年前、目の色を捨てたのが6年前、髪の色を捨てたのが4年前、体温を捨てたのが2年前、そして......
......命を捨てるのが、今日です。
......さぁ、話はもう終わりです。早くあたしを撃って下さいよ。楽勝でしょう?人を打つ訳じゃないんですから!不良品の処分なんですから!......どうせあなたはあたしの名前だって覚えてないでしょう......?そうに決まってますよ......だってあたしはただの商品なんですから......ここに来る前のあたしの名前なんて知る意味がないですもんね!!!家畜に軽はずみに名前をつけてはいけないのと一緒でしょう?仮に一人の人間として捉えているならまだしも......
......どうしたんですか?何手が震えているんですか?早く撃って下さいよ!!?あたしはず~~~っと、この日を心待ちにしていたんですよ!!!永遠に寒い思いをし続ける絶望に
(パァン......)
......
......
(ドサッ......)
......
......
......あぁ......
......血が、止まらない......あたし、死ぬんだなぁ......
......やっぱりあんまり快適じゃ、ないですね......痛いし......頭も何だかぼんやりとしてきたし......
......でも......
......あったかい......
......あぁ......あったかい......銃に撃たれたらあったかいって、本当だったんですね......
......
......体も、心も、冷え切った、あたしの、人生......
......
......最期に、あったかい、思いが、できて、あたしは、し、あ、わ、せ......
......
......
Fin.
雪女の山 Androidbone @FRICAKE_UNIT
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