第4話 休息
俺とアヤカは、寝室に戻って来た。俺は小さな丸太の椅子に、アヤカはベッドに座っている。アヤカは俺をベッドに座らせたがっていたが、俺が断ったのだ。
「まぁ、休んでいてください......」
「うん......」
しばらく俺とアヤカは、寝室で休んだ......
......その間、俺は特にすることも無かったので改めて寝室を見渡していたのだが......
そこで、ある物を見つけた。
「......あれ、何?」
「あぁ、あの写真ですか?」
さっきはベッドに居たため気づかなかったが、ベッドの後ろ側の壁に、1枚の小さな写真が飾ってあったのだ......
家族写真だ......父親らしき人、母親らしき人、そして3歳くらいの女の子が写っている......一瞬アヤカの昔の姿かと思ったが、髪と目の色からして全然違う――どちらも濃い青色だ――から、そうではないのだろう......では一体、誰なのだ......?
「......あれもあたしが来た時からあったんですよ。いい写真ですよね。」
「う、うん......確かに......」
確かに、女の子は弾けるような笑顔で、見てるこっちまで笑顔になってくる。
しかし......問題は両親の顔だ。
顔は笑っているのだが、俺にはどことなく暗く、悲しみに溢れた顔に見えるのだ......
一体どういうことだろう......
......と、俺がそんなことを思っている間、アヤカは写真を見つめながら、不意にこんなことを言い始めた。
「......遭難、したんですよね......助けとか、来る予定はあるんですか?」
「え?......まぁ、あるにはあるかな......」
俺だって無策でここに来たわけではない。ちゃんと遭難対策はしていた。
「へぇ......そうですか。」
珍しく、彼女の表情が少し変化した。今まではずっと素っ気ない顔つきだったのだが、今は少し考え事をしているように見える。
「......どうしたの?」
「いや、救助が来たなら、この雪山の外に出れるのかな、って思いまして......」
また珍しい顔だ。どことなく暗い顔つきである。
まるでさっきの......
「......外に、出たいの?」
「......まさか。あたしはここが大好きですから。」
......そう明るい声で言って、彼女はいつも通りの素っ気ない顔つきに戻った。
......そして、淡い水色の瞳をこっちに向けて、言葉を続けた。
「離れる気なんて、ありませんよ。」
「......そうか......」
「ごめんなさいね、心配かけて......そうだ、お腹空いたでしょう。ご飯でも食べます?」
確かに俺はお腹が空いていた。よく考えたら一応俺は雪山で遭難をしていたのだ。体力もかなり使っていたのだろう。
「あ、あぁ......お願いしていいかな?」
「わかりました。じゃあ作るので......ちょっと待っていてくださいね。」
そう言って彼女は部屋を出ていった。
寝室には俺が一人だけ残される......
咄嗟に、俺はこの状況を分析しようと必死で頭を回転させていた。
何か、何かこの小屋とアヤカはおかしい......
そうだ、具体的に何がおかしかったのか......?
探し出すと数えきれないほどあるが、一番はやはりあの落書きだろう......
『こ の 山 は 雪 女 が 現 れ る』
......あれは彼女の手が届く場所にはなかった。なのにどうして......
俺は考え続けた......
「できましたよー。」
「う、うわぁ!」
いつの間にか部屋にはアヤカが戻ってきていた。考え事をすると時間の流れが早くなるとはいうが、もうご飯が出来ていたのか......
「......驚かせちゃいました?ごめんなさいね。」
「いや、ちょっと考え事を......」
「ふぅん......まぁいいです、折角出来たことですし、ご飯にしましょう。」
「うん、そ、そうだね......そうしようか。」
「どうぞ。芋と肉を適当に煮たやつです。」
「う、うん......ありがとう......でも、この見た目......」
「あぁ、確かにあんまり見た目は良くないですけど......」
確かに芋と肉が丸ごと放り込まれており、あまり見た目はよくない......
が、俺が言いたいことはそうではなかった。
この料理......出来立てのはずなのに
「ごめんなさいね。この小屋、包丁がないんですよ。」
「えっ、そうなの......?」
「はい......元から火が通りやすい芋と肉なので何とかなってますが......」
「ふぅん......でも、どうしてだろうね......」
「気にしてないです。こんな雪山で物を求める方が間違っている気もするんで。」
「そ、そうかな......?」
でも、何だか不気味だ......食べる気が起きない......
......
「......あと、はい、お茶です。」
「え、えぇ......またお茶?」
「あぁ、大丈夫ですよ。これはまずくないやつなんで。」
「そ、そうなの......?」
「そうです。
「そうか......じゃあ、頂くよ......」
俺はお茶を飲んだ。
「あ、美味しい......」
なるほど、確かに美味しい。何だかリラックスできる、そんな味だ。
「美味しいですか。......よかったです。」
そう言ってアヤカは笑った。
『笑った』......?
......何かおかしい。今までアヤカは一度も笑っていなかった。俺が彼女の承認欲求を満たしてやった時も、彼女は明るい顔をしたが、笑ってはいない。
そんな彼女がどうして今になって、笑ったのだ......?
そう俺が考えている間に、アヤカは煮たやつを食べながら、不意に話し始めた。
「......一つ、前から不思議に思うことがあって。」
「......?どうしたの?」
「......あたしって、なんで毎回散歩から帰って来れるんですかね......」
!!?
......一体どういうことだ?俺がさっき尋ねたばかりの問いじゃないか......
俺の答えも待たず、アヤカは呟き続ける......
「......今まで何度も、散歩中に道に迷ったことがあるんです......」
「......そのたびに、あたしはひたすら山を登っていって、」
「......毎回毎回、無事に戻って来れた。」
「......おかしくないですか?これ。」
......え?
「......雪山って、頂上が1つしかないわけではないじゃないですか。むしろ複数あるのが普通ですよね?」
「......だから、道に迷った時に、ひたすら山を登って頂上にたどり着いたとしても、毎回同じ所にたどり着くのはおかしい、ってことです......頂上が1つしかない場合を除いて、ね。」
......
アヤカは......何を言っているんだ?
「......それに、あの玉を転がしてどちらが上かを判断する方法、命を守る手段としては不完全すぎるんですよ。地形の変化に対してあまりにも弱すぎるんです。」
「たとえば......細い道とかではほぼ無意味なんです、あれ。ちょっと考えたらわかりますよね?道に対して真横に転がったらもう打つ手なしですもんね。」
「......でも、あたしは毎回戻って来れた。」
「......絶壁に阻まれることもなく、谷に落ちることもなく。当たり前ですよね?じゃなきゃあたしはここに居ませんから。」
「......その理由って、山に複雑な地形が一切なかったから、だと思うんです。」
「......頂上も一つしかないし、複雑な地形も一切ない。だから......」
「......この山は、まるで造られたかのようにのっぺりした山だ、としか、あたしは思えないんですよ......」
......
「......ちゃんと聞いてます?」
「きっ、聞いてるよ......」
......アヤカは、一体何を......
「......そう気づいてから、あたしは散歩の数を増やしました......」
「......もしこの山が造られたかのようにのっぺりしているのなら、もしかしたらこの場所自体が普通ではないのかもしれない、って思って。」
「だから山から下りて......歩きまくりました。」
「歩いて......ひたすらに調べまくりました。」
「......そうしてわかったことなんですが......」
一瞬の間......
そしてアヤカははっきりと俺の方を見つめて、こう言った。
「......この雪山、回りを高い壁に囲まれてたんですよ。」
「......っ!?」
何だって......?
「最初から疑ってました。あなた......どうやってここに来たんですか?」
と、アヤカが言ったその瞬間、俺は体中から力が抜ける感覚に襲われた。
(っ!?)
俺は驚き、声を上げ......ようとしたが、声が出ない。
まさか......毒でも盛られたか?いや、そんなことは......
「あぁ、一つ言い忘れてました。」
そう言うアヤカの声も、だんだんと聞こえなくなってゆく......
「そのお茶、飲むと眠くなっちゃうんですよ......」
薄れゆく意識の中、俺が最後に見たのは、アヤカの不気味なまでに冷たい目をした笑顔だった......
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