第3話 小屋の紹介2
「階段、急なんで。気を付けてください。」
「わ、わかった......」
俺と彼女の雪山小屋のツアーは、地下室へと突入した。
地下室の構造は単純で、小さな廊下に4つの引き戸があって、その扉の先に1つづつそれに対応した部屋がある、そんな間取りだ。地下であるにも関わらず、床から天井まで木で出来ていて、そんなに居心地は地上と変わらない。
......まぁ、それは地下室も相変わらずとても寒いということも示しているのだが。
彼女は1つづつ扉を開けて、俺に部屋を紹介してくる。
まず1つ目は、
広さは15畳ほどで、部屋一面に、目がくらむほどの大量の薪が置かれている。天井近くまで積まれていて、部屋の奥まではとても見えそうにない。どこか壁に穴でも開いているのか、床には雪解け水が流れているのだが、すのこが敷かれているため薪に水は触れていない。
「すごいね......この量は。」
「あぁ......実はこれ、あたしが採ったものじゃないんです。」
「......え?」
「あたしがここに来た時からあったんですよ......これ。」
「......」
「いつかは尽きるのかな、って思いながら毎日使っているんですけど、一向に尽きる気配がなくて......不思議ですよね。」
「うん......そうだね。」
こっちを見ながら飄々と話す彼女が、少し不気味に感じる......
......
「......次、行きましょう。」
2つ目は、食料置き場だ。
薪置き場の薪が、食料になっただけの部屋で、特に変わったものはなかった。
ただ、肉が置いてあるところは雪山の寒さを生かした天然の冷凍庫になっており、今まで以上にかなり寒い......
「ここも......」
「えぇ。昔からあったんです。そして当然のようになくなる気配がない......」
「......」
「......不思議ですよね?」
そう言ってこっちを向いた彼女から、俺は咄嗟に目を
そして3つ目は......
「......書斎?」
「えぇ。書斎です。」
広さは50畳ほどと、かなり広い。小説からエッセイ、さらに論文まで、様々な書籍が大量に置かれている。しかし、相変わらず床に雪解け水が流れていて、本は大丈夫なのかが心配だ......
「雪山で独り暮らしのあたしが、普通に言葉を話せることができるのは、これのおかげです......毎日読んでいるんですけど、まだ4分の1も読み終わってないんですよ。」
「へぇ......水、流れているけど、大丈夫......?」
「あぁ、大丈夫ですよ。ちょっと見てください。」
彼女は近くの本棚から1冊の本を取り出す。『白夜行』と書かれている......
「見てください。とっても分厚いでしょ、これ。なぜかというと、ほら、」
彼女は本を開いて、その紙を触りながらこう言った。
「耐水性の紙でできているからなんですよ。だからこんなところに保管していても大丈夫なんです。耐水性だから普通の紙よりかは分厚くなってしまうので、かさばるのが欠点なんですけど。」
「へぇ......そうなんだ。」
「これも昔からあったものです。耐水性にしてくれるなんて、親切ですよね。でもずっと読んでいるのに一向になくなる気配がなくて......」
「いや......本はなくならないよ......」
「ジョークです。ふふふ。」
彼女は、相変わらず笑わない顔で笑おうとする。
......俺も、笑うことができなかった......
「......次、行きましょう。」
そして最後の4つ目の部屋は、クローゼットだ。ここにも水が流れているけど......
「服は、心配なさそうだね......」
「......まぁ、そうですね。」
というのも、ハンガーに掛けられた服は一つもなく、どれも
「服は、こんな感じです。」
そう言って、彼女は次々に箪笥の引き出しを開ける。なぜか最上段は開けようとしなかったが、手が届かないので開けようがないのだろう。
そこには、暖かそうな服が沢山置かれていた。......そして、彼女が今着ているワンピースのような、寒そうな服はなかった。
俺はほっとした。そうだよな。彼女......
「......名前、何だったっけ?」
「......アヤカですよ、アヤカ。」
アヤカだって人間だもんな。
こんな寒さでいつもこんな服なら、それこそ妖怪のようだから......
「......やっぱり、普段はこういう服を着てるの?」
「......そうですね。特に外に出かける時とか。」
名前を聞き直したのが気にくわなかったのか、不機嫌な顔をしながら彼女は答えた。
「へぇ......そうなんだ。」
「今日はいつもより暖かかったんで、こんな格好をしているだけです。」
「そうか......なるほど。」
いつもより暖かい、とはいっても、俺にとっては非常に寒いことに変わりはない。やっぱり慣れているとこの寒さも普通に感じるのだろうか......
「......ところでさ。」
「?、何です?」
「外に出かける、って言ったけど......」
「はい、言いましたけど」
「具体的に......何をしに出かけるの?外は雪山なんだし......」
「......ただの散歩ですよ。外に出たくなった時に、適当にふらっと外に出て、帰りたくなったら帰る。そんなことをよくやっているんです。」
「......そ、そうか......」
「大抵は何も起こらないんですけどね。たまに何かが起こるんですよ。遭難者を見つけたりとか......」
「あ、それが俺......?」
「そうですよ。散歩してたら見つけたんです。......まぁ、遭難者を見つけたのは今回が初めてだったので、小屋まで運ぶのに苦労しましたけどね......」
「ふぅん......そうか......」
俺は不意に考え込んでしまった。
一見何の問題もなさそうだったが......何か違和感を感じるのだ......
「......これでこの小屋の部屋は全部紹介できました。いったん寝室に戻りましょう。」
「うん......」
と、アヤカが階段を2段ほど登ったこの瞬間!
俺は感じていた違和感の正体に気づいた。
「......ちょっと......」
「???どうしましたか?」
「.....一つ、気になる事があるんだ。」
「......?」
アヤカは、表情を変えない。
「......何で、そんな簡単に小屋に帰って来れるんだ?」
「......というと?」
「......雪山ほど迷いやすい場所はない。辺り一面真っ白なうえに、吹雪いていると視界にほぼ何もなくなってしまうからだ。現に俺も迷った......なのに......どうして毎回簡単に小屋に帰って来れるんだ?」
静寂に吹雪の音が混じる......
アヤカは表情を変えずに、段上に立って俺を見下ろした姿勢のまま、口を開いた......
「......簡単な話ですよ。」
俺は息を
......
「......この小屋、山の頂上にあるんです。」
「......え?」
「ふふふ、確かに説明が足りなかったですね。ここから外に出ればすぐわかる事なんですけど、この小屋、山の頂上にあるんですよ。だから仮に道に迷っても、ひたすら山を登り続けていれば、いつかは絶対にここにたどり着けるんです。」
「......そ、そうか......」
「でも雪の中ではどっちが上だかわからないから、ほら、」
アヤカは暖かそうな服のポケットを探って、何かを取り出した......
「この紐つきの玉を転がして、どっちが上か確かめるんです。雪山でもよく転がるんですよ、この玉。」
「へ、へぇ......そういうことか。」
「びっくりさせちゃったならごめんなさいね。......寝室、戻りましょう。」
「わ、わかった......」
アヤカは、少しも不思議がる素振りを見せなかった......
......やはり俺の抱えている不安は
こうして、二人きりの小屋のツアーは、終わりを迎えた......
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