第54話収穫祭2
お昼近くなると、トワ広場は人であふれていた。
女性たちは老いも若きも、大きな花の髪飾りを付けるのが習わしのようだった。広場全体に花が咲いたように、さまざまな色彩が散っていて、華やかだった。
舞台の上では、美しい民族衣装を着た娘たち、十人余りが、くるくる回りながら、激しく踊っていた。
奏でられている音楽は、あおるように段々スピードを上げて行き、観客の手拍子や歓声も高まって行くのだった。
そして、舞台の下では、興奮きわまった観客までもが踊り出していた。
口笛を吹いて冷やかす者、近くの女性を誘って踊りの輪に加わる者、曲に合わせて体を揺する者、ピョンピョン飛び上がっている子供たちなど、大騒ぎになっていた。
こうしてたくさんの人が集うと、小競り合いくらいはどうしても起こる。警備隊や腕に腕章をつけた冒険者たちが、あちこち歩きまわっていて、小さなトラブルを防いでいた。
遠目ではあるが、舞台の正面に位置している八穂の屋台だった。でも広場のようすを眺める余裕がないほど忙しく、次々にやってくるお客に対応していた。
「
「ああ、疲れはしないが、昼飯食う時間もないな」
「そうだね、こんなになるとは思ってなかったよ」
お立ち台にいたリクとイツは飽きてしまったのか、連れだってどこかへ行ってしまった。
今日は十矢がいるので、護衛の役目は返上して、町の外へ遊びにいったのかもしれない。
昼も過ぎてしばらくすると,客は少し落ち着いて来た。
ミートパイはすで七割以上は売れて、夕方までにはなくなってしまいそうだった。
「ヤホちゃん」
ラングだった。後からトルティンとミーニャの姿もあった。
ミーニャは、いつものローブ姿とは打って変わって、ふんわりとした水色のドレスで、うねるような赤茶色の髪には、青い花が飾られていた。
トルティンとラングはいつもの冒険者スタイルだったが、新しいものなのだろう、シワもなくピシッと糊の付いたシャツを着ていた。
「いらっしゃい、ミーニャ、トルティンさん、ラングさんも、楽しんでる?」
「ええ、もちろんよ」
「うまいもの、いっぱいあったぞ」
ラングは、手に持った串焼き肉をかじっていた。
「おい、ラング、食べ過ぎだ」
「なんだよ、トルティン。オレは、まだまだ入るぞ」
「お前ら、ミートパイ食べに来たのか?」
十矢が振り返った。
「あれ、トーヤさん、手伝いですか?」
驚いているトルティンに、十矢は軽く手を上げて答えた。
「おう、この人の多さじゃな」
「十矢のおかげで、大繁盛よ」
八穂が、十矢の前に並んでいる女の子の列を見て笑った。
「ふふ、なるほど。ヤホたち、まだお昼ご飯食べていないでしょ」
「そうなの、食べる暇もないの」
八穂は神様ポーチから、ミートパイの在庫を取り出した。
「ヤホちゃん、今日売ってるのは、ミートパイだけなんだろ?」
「そうよ、一種類だけにしておいて正解だったわ」
「それなら、私たちでも売れるわね。ヤホ、トーヤさんとお祭り見てらっしゃい」
「ええ、ミーニャ、悪いわそんなこと」
「そうだ、オレ達にまかせて、行って来いよ」
串焼きを食べ終えたラングが、ハンカチで手をぬぐいながら言った。
「それじゃ、頼んで、何か食ってくるか」
十矢が言って、トルティンと立ち位置を入れ替わった。
「お願いしちゃっても、いい?」
「もちろん、まかせて。ほらほら、早く行って、行って」
ミーニャにキッチンの外に押し出された。
八穂は十矢と連れだって、人の多い賑やかな方へと歩いて行くことになった。
広場には祭りを楽しむ人が行き交っていて、歩くのが困難なほどだった。この世界の人は、女性でも背の高い人が多く、八穂のまわりを歩く人が壁のようで、先が見にくかった。
「だいじょうぶか?」
十矢が当たり前のように手を差し出した。
「人にぶつかって、弾かれそうだわ」
「ガタイのいいヤツが多いからな」
十矢に手を引かれて歩いていると、八穂は高校生にでも戻ったような、くすぐったい気持ちだった。
両親を亡くしてから、進学をあきらめて働きはじめた彼女は、生活するだけで精一杯で、恋愛どころか、仕事仲間はいても、男友だちさえいないありさまだった。
だから、十矢に気づかわれて、大事にされているというのが、自分ではないような、信じられないような不思議な気分だった。
「ヤホ!」
呼び止められて、振り返ると、リリイが立っていた。
花を並べたカチューシャのような、そろいの髪飾りを付けて、数人の若い女の子たちと一緒にアクセサリーを売っていた。
「リリイ、久しぶり。元気そうね」
「元気よ、今日はお勤めしてる仕立屋の屋台なの」
「そうなのね」
「見習いお針子の作品よ。よかったら見て行って」
「色々あるのね」
八穂がながめていると、リリイは横にいる十矢に気づいて、軽く頭を下げた。
「トーヤさんでしたっけ?」
「ああ、よろしく」
「ヤホに良さそうな髪飾りがあるんだけど、いかが?」
リリイは、にこやかに、屋台の上に置かれている花の髪飾りを指して言った。
「何言ってるの、リリイ」
八穂が慌てて止めようとすると、十矢が前に出て来て、髪飾りと八穂を交互に眺めはじめた。
「うん、これ」
十矢が指さしたのは、マーガレットに似た花が、数個並んでいるカチューシャだった。赤紫とピンクのグラデーションで、薄く透けるようなリボンで作られていた。
「ありがとうございます」
リリイはニコニコしながら代金を受け取ると、十矢に髪飾りを渡した。
十矢は、どうやって付けるのか少し迷ったようで、リリイの髪を確認してから、八穂の髪にカチューシャを付けてくれた。
「あ、ありがとう」
八穂は,戸惑いながら礼を言った。
「うん、なかなか、いい」
十矢も、照れくさそうに、鼻をこすった。
その時、八穂の髪をくくっていた、シュシュがスルッと、抜き取られた。
「きょうは、髪を下ろしておくべきね」
シュシュを八穂の手に乗せながら、リリイが笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます