第53話収穫祭1

 グレダが言っていた通り、ほどなくして商業ギルドから収穫祭の通達があった。

トワの広場で屋台を出している店は、参加推奨とのことで、加えてトワで商売をしている商店や、希望者の出店も認められるとのことだった。


 八穂やほは、いつもと違うものを出そうということで、頭を悩ませた末、ミートパイを作ることにした。


 赤牛レッドカウの挽き肉に香味野菜と卵などを入れて練ったタネを、丸いパイ生地に乗せて半分に折り、とじ目をフォークの背で押して、ギザギザな模様を付けた。

そして、表面にナイフでクープ(切れ目)を入れてから、とき卵をぬってツヤを出して焼いた。


 十日ほど前から少しずつ準備はしていたが、収穫祭前日は、会場の準備のため、広場が全面使用禁止になったため、八穂は自宅のキッチンで大量のミートパイを焼いて、神様ポーチに収納した。


 当日、八穂が十矢とうやと一緒にトワの広場に着くと、いつもとは景色が一変していた。

広場のまわりは、色とりどりに、大量の花が飾られていて、中央の噴水前に建てられた舞台は、金銀のリボンで飾られてキラキラ輝いていた。


 出店する屋台が多いせいか、場所が指定されていて、それぞれの名前が書かれた木札が置かれていた。


八穂の場所は、いつもと同じだったが、隣の店との距離はだいぶ近くなっていた。


「すごいな、けっこう多いんだな」

十矢は、置かれている木札の数をながめて言った。


 八穂たちが来たのが早かったためか、まだ出ている屋台は数台しかなかったが、見えている木札すべての屋台がそろったら、数十台にはなりそうだった。


「ほんとね、こんなにとは、予想してなかったわ」


 八穂もあたりを見回しながら、手早く屋台を設置すると、カウンターに作ってきたミートパイを並べて準備した。


 リクはいつものように、屋台の前に出した、小さなテーブルの上に座り、小鳥モードのイツが、リクの頭の上にとまっていた。


「十矢はどうする、収穫祭を見に行ってくる?」


 いつもなら、彼女を送った後は、十矢は、冒険者ギルドへ行くか、ダンジョン町に戻って仕事をするのだが、今日は仕事を入れていないようだった。


「今日は、一日、八穂の護衛だ」

十矢は、当然のように言った。


「ええ? 退屈でしょうに」

「そうでもないさ、そうだ、オレも店員やろうか」


「いいの? 助かるけど」

「うん、今日はミートパイ一種類だけだろ、それならオレでもできそうだ」


 八穂の屋台は、真ん中にキッチンがあって、それを囲むようにカウンターが巡っているため、両側からお客さんに対応することができる。


「それじゃ、向こう側のお客さんをお願い」

「わかった、まかせとけ」


 十矢は楽しそうに,キッチンの中に入り、仕事の手順や、釣り銭の場所などを確認していた。


「オレもさ、駆け出しの頃、依頼で手伝ったことあるんだよ店」

「十矢が?」


「うん、食べ物じゃなくて、ナイフとか剣とかだったけど」

「屋台で剣とか売ってるの?」


「いや、露店ていうのかな。テントみたいなところでやってた店」

「へえ、そんな仕事もあるんだ」


「ああ、Eランクの頃は、何でもやったぞ」

「そうなんだね」


 しばらくすると、木札の置かれた場所が屋台で埋まり、祭りを見に来た人の姿も、徐々に増えて来た。


 やがてはじまりを知らせる鐘が鳴ると、舞台にはギターやフルート、木琴やドラムに似た楽器などを奏でる楽団が演奏をはじめて、祭りの雰囲気を盛り上げていた。


「ヤホちゃん、収穫祭おめでとう」

「ベスベルさん、おめでとうございます」


「あれ、今日はいつもと違うんだね」

「特別メニューのミートパイです。サクサクですよ」


「それじゃ、二つ」

「はい。あれ? もしかして、そちら}


「ああ、へへ、彼女、ディーナ」

「ディーナさん、どうぞ」

八穂がミートパイを二つ渡すと、ディーナ嬉しそうに受け取って、一つをバスベルに手渡した。


「ありがとうございました。お祭り楽しんでね」

「おう。ありがとう」


 手を繋いで去って行く二人を見送りながら、いつもと違う馴染み客の表情を見て、ほほえましく思うのだった。


 ふと、十矢の方を振り返ってみると、彼の前には、たくさんの女の子の列ができていた。

どの子も可愛く着飾って、大きな花の髪飾りをつけていた。みんな目をキラキラさせて、十矢を見上げている。


 十矢の方は、今日は店員ということで、いつもの仏頂面よりは、いくぶんにこやかに対応しているようだった。


「いくつ?」

「はい、三つね、ありがとう」


「次、君は、いくつ?」

「え、十六? いや年じゃないよ、ミートパイいくつ買うの?」


 十矢のおかげで、たくさん売れそうだ。

少しでも多く、十矢と話そうとしている女の子たちを見て、八穂はニヤニヤしていた。


「ヤホちゃん。二つね」

「はい、ありがとうございます」


「ヤホちゃん、収穫祭おめでとう。五つくれ」

「タンジさん、おめでとう。はい、どうぞ」


 実は、八穂の前にも、八穂目当ての冒険者たちの列ができていたのだが、まったく自覚がないようで、いつもの対応をしているのだった。

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