第52話グレダからの相談

 トワ広場での営業日。

八穂やほが屋台のキッチンで、少なくなって来たパオサンドの追加を作っていると、ステイックパンの件で、商業ギルドの直営パン工房で知り合った女性、グレダが訪ねてきた。


「やあ、ヤホさん、この前はありがとう」

「あら、グレダさん、こんにちは」


「それは、新しいパンかい?」

グレダは目ざとく、ピタサンドを見て聞いて来た。


「ええ、ピタという中が空洞のパンです、半分に切って具をはさんであるの」

「へえ、面白い、なんで空洞になるんだい」

 さすが職人、好奇心一杯で、キラキラ目が輝いていた。


「ええとですね。パン生地を薄く伸ばして高温で焼くと、中が膨張して引っ張られるので、内側の生地がけるんです。炭酸ガスなどが生地を押し上げるので、空洞になります」

「炭酸?」


「なんというんだろう、パン生地を焼いた時に出るガスで、わかるかな」

「んー なんとなく。ふくらむ時の力で裂ける、でいいのかな」

「そんな感じです」


「なるほど、面白い」

「職人さんには興味深いですか?」

八穂が笑うと、グレダは何度もうなずいた。


「うん、とても。作ってみたいけど、またレシピ、ギルドに提供してくれないかな、シュルッツに言っておくから」

「いいですけど、シュガルやバターが少ない、シンプルなパン生地なら、たいていの生地でできますよ」

「そうなのか」

「ええ」


「でも、ヤホさんのレシピも知りたいから頼む」

「わかりました。今度ギルドへ行きますね」


「グレダさん、ひとつ食べてみますか?」

「ああ、ぜひ」

「それじゃ、こちら。果実水もどうぞ」

「ありがとう」


 グレダはカウンターの前の椅子に腰掛けて、食べはじめた。

まずは、包んであった油紙の上に、具をすべて取り出してしまい、パンだけをゆっくり噛みしめた。


「ホントに、シンプルなんだな。粉と塩と酵母か? リーブ油も少しか」

「そうですね。あまり重たい生地だと空洞にならないので」


「これまで混合粉の硬いパンが常識だったから、バイツ粉がメインのやわらかいパンは、かなり好まれるんだ」

「そうなんですね」


「誰でも、多少値が張っても、うまいものを食べたいと思うからな」

「それはわかります。バイツ粉も需要が多くなれば値段も安くなるんじゃないですか」

「ああ、最近は、庶民でも少し手に入りやすくなった」


 グレダは、具をパンにもどして、今度は一緒に食べながら、何度もうなずいた。

「パンがシンプルだから、どんな具でも合いそうだな」

「そうですね。油紙などに包めば持ち運びにもいいので、お弁当によく売れます」

「いいな。これは」


「ところで、グレダさん、わざわざ来てくださって、何かご用じゃなかったすか?」

「あ、そうだ。忘れてた」

グレダはあわてて、ポケットから油紙に包んだ丸いものを差しだした。


「きょうは、これの知恵を借りようと思ってきたんだ」

「バイツ粉のお団子? 揚げてあるのかな。ドーナッツ?」


「ボルという。このあたりの伝統菓子だ」


 親指の先ほどの丸い生地をただ揚げたものだった。酵母などは入っていないようで、固くて口触りが悪かった。


「そうですね」


 ボルを一口かじった八穂が、首をひねっているのを見て、グレダはやっぱりと言うように笑った。


「どうだい」

「口に残りますね。なかなか飲み込めない」


「だよね、昔からこうだから、そんなものと思ってたけど、この前、ヤホさんの工夫を見てさ、もっと食べやすくならないかなと思って」


「私の知ってるお菓子で、似たようなのが二つあります」

八穂は記憶をたどって説明した。


 ひとつはドーナッツ。酵母を入れてこねた生地を、軽く発酵させてから揚げたもの。


 もうひとつは、ストゥルッフォリ。

酵母は入れず、バイツ粉とシュガル、レモンの皮、アニスパウダーなどを入れた生地を、細長く伸ばしてから、細かく切って揚げたもの。一般にアニス風味の蜂蜜の衣がかけてあるお菓子だ。


「どーなつ? すとるっ?」

グレダは聞き慣れない言葉に目を白黒させていた。


「酵母を入れてふんわりさせるか、小粒にして食べやすくするかですね」

「なるほどな」

「手間が少ないのはドーナツの方かな」


「ありがとう。研究してみるよ。収穫祭までに完成するといいんだが」

「収穫祭?」


「エリーネ神へ、今年の収穫を感謝しての祭り、来月あるんだ」

「楽しそう」

「うん、祈りは王族や国の上層部がやるから、庶民は楽しむだけだ。トワ広場は賑やかだぞ。ヤホさんも屋台出すんだろう?」


「いや、まだ知らなかったので。シュルッツさんに聞いてみようかな」

「たぶん、屋台の店主には通達があると思うよ。直営店も出店するから準備してるんだ」


「そうなると、何を出すか考えないと。楽しみ」

「私も、ヤホさんが珍しいものを出してくれるの、期待してるよ」


グレダはカウンターにお金を置いて立ち上がった。

「それじゃ、ありがとう。助かった」

「試食だから、いいんですよ」

お金を返そうとする八穂を、グレダが押しとめた。


「だめだよ。ここはキッチリするもんだ」

そう言って、グレダは手を振りながら戻って行った。

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