第51話商業ギルドからの打診

 定休日の午後、八穂やほは、臨時町長に就任しているエルマン氏に呼ばれて、町役場の仮事務所におもむいた。


 護衛にはリクが横について歩いていた。イツは今日は十矢とうやとともにダンジョンに潜っている


 仮事務所は、板を打ちつけた程度の簡単な作りの建物で、大きな部屋がひとつあるだけった。


「こんにちは、エルマンさん」

エルマンは奥にある机で、書類をながめているところだった。


その前には、十近くの机が並んでいて、同じだけの人が座って、それぞれに仕事をしていた。


「やあ、ヤホ嬢、呼び立ててすまない」

エルマンが立ち上がって迎えてくれた。


 八穂が隅にある応接セットに案内されると、向かい側に、エルマンともう一人の男性が座った。


「ヤホ嬢、こちら商業ギルドのロータスだ。ダンジョン町の担当をしている。ロータス、先日話したヤホ嬢だ」


「ロータスさん、はじめまして、八穂です」

「はじめまして、ロータスです。ヤホさん、よろしく」


 ロータスは、背の高いエルマンと並ぶと低く見えたが、中肉中背といったところか、商人らし温和な雰囲気の人だった。

 生成りの綿のシャツに、赤いループタイをつけていた。


「実は、来ていただいたのは、ダンジョン町で営業するお店のことです」


 ロータスによると、現在、ダンジョン町で営業してくれる店を勧誘中で、雑貨屋、宿屋、鍛治屋などの営業が決まっているという。


 そこで、屋台で食べ物を商っている八穂に、食堂をはじめないかという打診だった。


「幸い、ヤホさんのご自宅の庭は広いので、そこに店を建てられると思うんです」

ロータスは説明した。


 八穂は、いつか、小さな店を開きたいとは思っていたが、ギルドに預けてあるお金では、開業資金には遠く、まだまだ先のことだと考えていた。


「いつかはお店を、とは考えていたのですが、今はまだ経済的に難しくて」


 八穂がためらっていると、ロータスがわかっている、というようにうなずいて、エルマンの方を見た。


「建設資金は、町が無利子でお貸しすることができます。営業しながら、月々に家賃のようにして返していただければ」

エルマンが説明した。


「そんなことができるんですか」


「ええ、町への移住推奨期間なので、特別なのですけど。ここ五年間は住民税無料になります。もちろん商業ギルドへ支払う税金はこれまで通りですけれど、しばらくは優遇されます」


「ですから、いい機会だと思いますよ」

ロータスが言った。


「そうですね、確かに。優遇措置があるうちがチャンスですね」

八穂は少し考えた。


 八穂は、この際やってみたいと思った。でも、将来の希望が、こんなに早く実現の可能性ができるとは思ってもみなかったので、とまどってもいた。


「今すぐお返事が必要ですか?」

「いえ、ゆっくり考えていただいて結構です。急ぎません」


「よかった。いいお話だと思っていますが、友人とも相談したいので」

「わかりました。決まったらお知らせください」


ロータスが、八穂の前に二枚の紙を置いた。

「これは?」

「店舗経営と、資金援助の申し込み書です。説明も書いてありますので確認してください」

「ありがとうございます」



 その日の夕食にはドリアを作った。

サフランライスを耐熱皿に盛り、ドードー鳥の肉と野菜を合わせたホワイトソースをかけて、チーズをトッピング。オーブンでこんがり焼いた一品。

ゆでた青菜のおひたしと、野菜サラダを添えた。


 十矢も、『ソールの剣』の三人も満腹になるまで食べ、食後の紅茶と、デザートに、ベリージャムを乗せたクラッカーを出した後で、八穂は、今日ロータスから打診されたことを話した。


「そういうわけでね、いいお話だと思うんだけど、ちょっと不安」

八穂が言うと、十矢が不思議そうに言った。


「どうして不安だ? 町からの提案なら、だまされるとかないだろ」


「そうなんだけど、お客さんの数がまだ読めないでしょ。月々に返すお金分 もうからなかったら、大変なことになるなあと思って」


「今は人が少ないけど、ダンジョンって冒険者がたくさん集まるよ」

ラングが言うのに、ミーニャが同意した。

「あふれるくらい来るわ。危険はあるけど稼げるのよ、ダンジョンって」

「それに、冒険者は良く食うしな」

と、トルティンが笑った。


「そうなのね。それなら大丈夫かな」

「心配なら、オレが少し出資するさ」

八穂がなおも首を傾げていると、十矢が言ってきた。


「まさか」

「いや、本気。これでも少しはたくわええがあるんだ。気になるなら、儲かったら返してくれればいいし」

「うーん……」


「それに屋台よりも安定するだろ。移動の必要がなくなるし、危険も少なくなる」

「そうね、それは助かるね」


「ヤホ、やってみれば。私たちも応援するわ」

「ありがとう、ミーニャ、みんなも」


「よし! それなら、どんな店にするか、考えないとな」

こぶしを掲げるラングに、ミーニャがあきれたように言った。

「ラング、なんであんたが張り切ってるのよ」


「なんだよ、ミーニャ、ワクワクしないか」

「もちろん、私も楽しみだけれどね」

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