第50話ダンジョン二階層と三階層

 十矢とうやの衝撃発言があってからも、二人の関係はさほど変わりはなかった。


奥手な八穂やほを、十矢が気づかっていたのかもしれないが、トワ広場での営業時には、変わらず送迎してくれていたし、朝晩の食事時には、『ソールの剣』のメンバーと一緒に、おしゃべりを楽しんだ。


 ダンジョン町の建設も進み、八穂の自宅付近は商店街になるらしく、道沿いに、いくつかの店が建設中だった。

日がな槌音が響いていて、職人たちの話し声も絶えなかった。


 ななめ前は、雑貨屋になるらしい。まだ骨組みだけだが、奥に長い建物のように見えた。間口はさほど広くはないが、裏に倉庫でもあるのかもしれない。


 また、少し先の広場近くには、冒険者が宿泊するための宿ができるという。広い敷地に、まだ石の土台だけが組まれていた。



 町役場では住民の登録がはじまっていて、八穂と十矢はすでに定住登録をすませた。

『ソールの剣』は、いつか故郷のソール村に帰るかもしれないということで、住民登録だけしたらしかった。


 多くの冒険者は、流れ者が多いので、高ランクになるか、もしくは引退するまでは、定住することは少ない。


 十矢の場合は、八穂の存在が大きいのだろうけれど、すでにAランクとなって、収入も安定しているため、仕事を選ぶことができるためだろう。

もちろん、指名依頼などがあれば、どこにでも行かなくてはならないが。


「やあ、ヤホ嬢」

「ジェストさん。十矢も、どうしたんですか」


 仕事終わりにしては早い時間に、ジェストと十矢が、屋台を出している自宅前に戻ってきた。


「四階層への入口が見つかったから、切りがいいので早じまいだ」

ジェストが言って、椅子に腰をおろした。


「八穂、ピタサンドとスープ、セットで。ジェストさんもいいですか?」

「ああ、頼む。揚げ芋も、スパイスのを」

「じゃ、オレも揚げ芋、カレーで」


「はい、ありがとうございます。今日の具は、エビルボアの薄切り肉とカボチャのガーリック炒め、スープはティレジウス魚入りのトマトスープです。

八穂は二人のテーブルに料理を並べた。 


 ティレジウス魚はたらに似た巨大な白身魚で、トワ付近の内陸地方では、切り身にして乾燥させたものを、お湯でもどして使うことが多い。


さっそくパンにかじりつく二人を眺めながら、八穂は屋台にもどった。

ちょうど昼食を食べに来ていたお客さんたちが帰ったところで、十矢たち以外には誰もいなかった。


「この前、一階層のことは聞いたけど、下の階も同じような感じなの?」


 八穂は洗い物をしながら聞いてみた。

八穂自身はダンジョンに入る可能性はないだろうけれど、やはりどんなところなのか興味はあった。


「二階層は『ソールの剣』が担当してるんだが、ちょっと見た感じでは、岩がゴロゴロしている、歩きにくそうな地面だったな。二十センチくらいの小さいトカゲを見た」


十矢が言うと、ジェストも続けた。

「オレは、小さいイタチみたいなのも見かけたけど、牙イタチかな、あれは」


「小さくても襲ってくるのかしら」

「もちろん、魔獣はそういう習性だからな。小さい魔獣は動きが速いから駆け出し冒険者は意外に手こずるんだ」


「Eランクあたりのヤツにはちょうどいいんじゃないか」

ジェストがスープを飲み干して、揚げ芋を口に放り込んだ。


「そうなんですね、ジェストさん、お代わりどうですか」

「ああ、もらおう、ピタサンドも、もう一つたのたのむ」


「はい、お待ちください」

「八穂、オレもお代わり」

十矢がスープの椀を差しだした。


 彼らの話によると、三階層は木がまばらに生えた草原らしい。角うさぎや、アナグマのような魔獣がいて、カラスに似た黒い鳥は、空から襲ってくると言う。


「下層に行くにつれて、魔獣が強くなるみたいね」

八穂が言うと、十矢はうなずいた。

「どこのダンジョンも、大抵そうだな」


「弱いのは強い魔獣に絶やされる可能性があるから、み分けしてるんじゃないかって、言われてるな」

「不思議」


「四階層へはスロープや階段がなくて、縦穴があるだけなんだよ」

「へえ、そんな入口もあるのね」


「あれは、ロープかなにかで降りるしかないから、少しやっかいだな」


 内部調査の依頼は、今回は五階層までらしい。

Dランク以下の冒険者の危険回避のため、どのあたりまで、入る許可を出すかを決めるのが、主な目的だった。


 それより下層へ降りるのは自己責任になるが、まだ誰も到達したことのない場所というのは、文字通りの冒険であり、挑戦しがいのあることなのだった。


「こんにちは、ピタサンド、セットで二人分ください」

冒険者らしい男女の二人組が来店した。


「はい、ありがとうございます」


「あ、私、スープの代わりに、ビンガ豆に代えてもらえますか」

女性の方が言った。


「だいじょうぶですよ。こちらです」

「一度食べてみたかったの」

「うれしいです、ごゆっくり」


 二人は、十矢たちの隣のテーブルに陣取って、食事を取り始めた。

食べながら、ふと視線を上げた男性の方が、ジェストと十矢に気がついて、小声で女性の方に何か話しかけていた。


 ジェストも十矢も、そういう反応には馴れているのだろう、気にするようすもなく、食事を続けていた。


 やがて、女性の冒険者の方が、遠慮がちに声をかけて来た。

「あの、失礼ですが、ジェストさんとトーヤさんですか?」


「ああ、そうだが」

ジェストが言うと、二人は、突然立ち上がった。


「はじめまして。オレ、いや、私はDランクのルイジです」

「あたしは、ドナって言います、お会いできて光栄です」


「おう、ジェストだ、こっちがトーヤ。そんなに固くならず、普通でいいよ」

ジェストは、少し困ったように笑った。


「トーヤだ。よろしく。まあ、座って食べてくれ」


「はい、ありがとうございます」

二人は少し興奮したようすで、顔を赤らめながら腰掛けた。


ルイジは、食べかけのピタサンドを口元に運んだが、食べられないようで、皿にもどし、手元のお椀を口に付けて、スープを一気に流し込んだ。


「君らは森の魔獣狩りか?」

トーヤが聞いた。


「はい、そうです」

ルイジがまた、立ち上がろうとするのを、トーヤが苦笑しながら押さえた。


「魔獣は多いのか?」

「はい、あまり強いのはいませんけど、魔素の関係でしょうか、狩っても狩っても減った気がしないですね」

「一番強いのは、キラードッグです」


「キラードッグなら、Dランクにちょうどいいな」

「はい、安定して狩れるようになってきたので、そろそろ昇格試験を受けようかと」

「なるほど、それは頼もしいな」


「ここら辺はまだ高ランクが少ないから、助かるよ」

十矢は言って、スープを飲み干した。


「どれ、トーヤ、トワへ行って、必要な買い物してくるか」

ジェストは立ち上がって、十矢を促した。

「そうですね、八穂行ってくる」


「ジェストさんありがとうございました。トーヤ、行ってらっしゃい」

八穂は二人を見送った。

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