第49話衝撃発言

 少し日が落ちかかって来た頃、十矢とうやが迎えに来た。


八穂やほ、帰れるか」

「うん、今かたづける」


 八穂が屋台を神様ポーチにしまい、帰ろうとしていたところに、牧場主のデニエが息を切らしてかけてきた。


「どうしました、デニエさん」

「ヤホさん、ああ、トーヤさんも、うちの娘、ルシンダは来ていませんか?」


「ええ、いらっしゃっていませんけど」

「どこへ行ったのか、冒険者ギルドまで一緒にいたのですが、いなくなってしまって」


「今日はお見かけしてませんね」

「うん、オレも見てないな」


「私が用事を済ましている間に、受付嬢にトーヤさんのことを聞いたらしくて」


「オレ?」

十矢は戸惑ったように聞き返した。


「トーヤさん、最近、依頼で牧場に来なくなったので、どこの仕事をしてるのか聞いたらしいんです。それで、ダンジョン町の仕事をしてると聞いたらしくて」


「まさか、ダンジョン町へ?」

八穂が言った。


「わかりません。ここに来ていないとしたら、可能性があるかもしれません」

「まずいな。石壁の中ならいいが、まわりの森にでも入り込んだら」


「そうだね、子供の足でも行けない距離じゃないから」

「どうせ帰るところだし、探しながら行ってみるか」


「それでは、私も」


 入口門の警備隊に聞いたところ、大人の後について、外に出た女の子が二人ほどいたという話だった。


どちらかがルシンダだったか、確認はできなかったが、可能性はありそうだということで、警備隊にも事情を説明して保護を頼み、ダンジョン町へ向かった。


「イツとリクは、空から森を確認してくれ。それほど奥へは行ってないと思う」

十矢が頼むと、イツとリクは浮き上がって、森の方へ飛んで行った。


「オレは森を探してくる、八穂はデニエさんを家まで案内して、デニエさんは、ダンジョン町の中を探してください」

「わかりました」


「八穂の家の庭を集合場所にしましょう。見つかったら、イツを知らせに送ります」


十矢はイルアの森に入って行き、八穂は石壁の門を通り、デニエを自宅まで案内した。


「ここが私の家なんです。この先が建設中の町になります」

「わかりました、行ってみます」


「私は周辺を探した後、庭にいますから、何かあったら来てください」

「ありがとうございます」


 デニエは礼を言うと、急ぎ足で町の方へ歩いて行った。


 日が傾いてきて、あたりがかげって来た。風も出て、少し肌寒い気がした。日が落ちればもっと気温が下がるはずだ。暗くなる前に見つからないと、危険が増す。


 八穂は祈るような気持ちで、ガーデンチェアに腰をおろした。


 いなくなったルシンダを探しはじめてから、一時間ほど過ぎて、八穂が庭で待機していると、建設中の町を探していたデニエが戻って来た。


「トーヤさん、まだ戻ってませんか」

「ええ、もうすぐ暗くなりますね」


「町にはいませんでした。ダンジョン入口付近まで見てきましたが、見かけた人もいないみたいで」

デニエは、疲れたように、八穂の前に腰をおろした。


「女の子一人でいれば、目立つと思いますけれどね」

「そうですよね。ここへは来ていないのか」

デニエは落ち着かないようすで、テーブルに置いた指を、神経質に動かした。


「母親が早くに亡くなったので、甘やかしてしまったのがいけなかったか……」

「父親は娘に甘いものですよ」

八穂はなぐさめるように言った。


 その時、バサバサと羽音がして、イツがガーデンテーブルの上に降りてきた。続いてリクも、イツの横に降りてすわった。


 いつもなら、リクがテーブルに上がると叱るところなのだが、今回は大目に見ることにして、リクにたずねた。


「リク、森はどうだった」


"女の子 いた"


「いたって! デニエさん見つけたそうです」

八穂が叫んだ。


「ほんとですか」

デニエが立ち上がって、家の前の道を見回した。


”とーや、連れてくる”


「十矢が連れて来るそうです」

「おお!」

デニエは、言葉にならないようで、胸の前で祈るように両手を合わせた。


 しばらくして、十矢に抱えられて、ルシンダがもどって来た。

彼女は、顔に土がついていたし、ドレスもしわだらけだったが、けがなどはしていないようだった。

さすがに疲れているのだろう、ぐったりと十矢に寄りかかって、眠そうにしていた。


「森の奥までは入っていなくて幸いだった。木の陰に座っていたから、見逃してしまってたみたいだ」

十矢が説明した。


 十矢からルシンダを受け取ると、デニエは、ほうと長い息を吐いた。

「ルシ、心配したんだぞ」

「とうさま、ごめんなさい。でもトーヤさんに会いたくて」


「黙って行ったらダメだろう」

「だって、だって、トーヤさんは、わたしのだんなさまでしょ?」


 ルシンダの衝撃発言に、八穂は思わず十矢を見た。十矢も驚いたように、デニエを見る。


「ああ、違うんだよ、ルシ」

「どうして? とうさまは言ったわ。トーヤさんをお婿むこさんにして、牧場をやってもらえばいいって」


「いや、それはね……すみませんトーヤさん。ルシがトーヤさんが好きって言うから、冗談のつもりで言ったので」


「ああ、なるほど」

十矢は納得したというように、頭を掻いた。


 以前、牧場の花見会の時のルシンダを思い出したのだろう。十矢は八穂に、最近つきまとわれていると、困惑していたことがあった。


「あのな、ルシンダ嬢。オレ好きなヤツいるんだわ。だから、牧場の婿にはなれないんだ」

十矢は八穂を見て、手招きした。


「私?」

「うん」


「こいつ」

「え? ええっ!」

十矢が肩を抱くようにして引き寄せるので、八穂はあせった。


「なんでよ、突然、なんで」

八穂が小声で問うのに、十矢は口の端だけ上げて笑みを作ると、ルシンダをさとすように言った。


「そんなわけで、君はあと五、六年もすれば、ふさわしい男が現れると思う。その時のために、いい女になっておくといい」


「むうぅ」

ルシンダは、あふれそうな涙を隠すようにして、デニエの胸に顔を埋めてしまった。


 デニエが、娘をなだめながら戻って行ってから、十矢と八穂はしばらく、気まずいようすで庭に立っていた。


 十矢が何か言いかけては、やめて、息を吐くのを繰くり返していたが、八穂は気づいていながら、知らんふりをして、暗くなった空を眺めていた。


 気持ちが混乱していたのだ。

八穂自身、これまでとは違った十矢への気持ちを、ほんのりと自覚してきてはいたが、まだはっきりしたものではなかった。


 十矢の言いようが、ルシンダに言い聞かせるために、こじつけられたようにも思えて、複雑な心境だったのだ。


 この世界には大気汚染がないので、夜の空は澄んでいた。地球と同じように宇宙があって、同じような星があるのかはわからないが、空には無数の星が瞬いていて、東の空に上がって来た巨大な月が、あたりを照らしていた。


「あれ、どうしたの、二人とも」

ラングが声をかけて来た。

『ソールの剣』のメンバーが、仕事を終えて帰ってきたようだ。


「外は寒いでしょうに、なにかあったの?」

「まあ、ちょっとな。夕食の時話す」

ミーニャの問いに、十矢が答えた。


「八穂、行こう」

十矢は八穂に近づいて来て、耳元に口を寄せた。


「さっき言ったことは、本気だからな」

小声で言うと、体を返して歩いて行ってしまった。


「なによ、勝手に」

八穂は、頬に熱が上がるのを感じて、身じろいだ。

「なによ」


「ヤホちゃん、風邪ひくよ」

トルティンが家の前で呼びかけた。


「はーい、ごめんね、今行く」

ヤホは、大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けてから、玄関に向かって駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る