第48話『トワの未来』の子供たち

 「ダン? みんなも久しぶりね」


 八穂やほがトワ広場で営業していた日の午後、めずらしく『トワの未来』パーティの子供たち四人が、歩いているのを見かけて、声をかけた。


 彼らは十歳から十二歳の孤児院の子供たちで、ダンジョン発見の切っかけになった魔獣事件の当事者たちだった。


幸い八穂が保護して事なきを得たが、それ以来、会う機会もなく、どうしているのか心配していた。


「ああ、ヤホ、ここだったか」

リーダーのダンを先頭に、ヨハン、ジル、ミルワが、パタパタと、走り寄ってきた。


「こんにちは」

「こんにちは、みんな、元気そうね」

八穂が四人を見回すと、嬉しそうにコクコクうなずいた。


「あのね、ヤホちゃん、ビンガ豆食べたいの」

一番年下の女の子、ミルワが屋台のカウンターの下から顔をのぞかせた。


「ヤホのビンガ豆、食べに来たんだ、オレたち」

ダンが言って、カウンターに小銀貨一枚を置いた。


「お小遣い使っちゃって、大丈夫なの?」

「うん、依頼のお金貯めたから、心配ないよ」

ヨハンも、自分のポーチからお金を出して置いた。


「これ、わたしと、ミルワの分」

ジルが、その横に小銀貨二枚を並べて、わくわくしたように、ヤホを見上げた。


「ありがとうございます。確かに。四人分ね。椅子に座ってて」

八穂はカウンターの前に、簡易椅子を並べると、屋台の中に入り、保温していた鍋から、ゆで小豆を椀に注いだ。


「はい、どうぞ。それから、これは、おまけ。分けて食べてみて」

ヤホは、四人の前に、お椀とスプーンを並べ、塩味の揚げ芋を二袋追加して置いた。


「ありがとう、ヤホちゃん」

四人は、それぞれお椀を手元に引き寄せて、礼を言った。


「わあぁ」

「豆の匂いだ」

「甘い!」

「豆、柔らかい」


「最近はどうしてるの? イルアの森に魔獣が出るようになって、薬草摘みできないでしょう」


「街中での依頼を受けることが多いな。使い走りとか、けっこう仕事あるんだ」

八穂の質問に、ヨハンが答えた。


「あたしね、ジルとお店のお手伝いしたの」

「そうなのね、仕事があって良かったわ」

 

「オレは角ウサギくらいなら狩れるようになったから、たまに薬草摘みやるぞ」

ダンは言って、胸を張った。


「すごね、ダン。でも強い魔獣が出ることもあるから気をつけないと」

「わかってる。森の奥には行かない」

「それなら安心ね」


「ヤホは、今もあの森に住んでるのか?」

「そうよ、ダン。最近はあのあたりも、だいぶ変わってきたけどね」


「ダンジョンができたんだろ?」

「そう、今、新しいダンジョン町を作ってる」


「そうか、オレもDランクに上がったら行くんだ」

「ボクも行くよ」

「おう、ヨハン、一緒に行こうぜ」


「楽しみだね。女の子たちはどうしたいの?」


「わたしは、お店やりたいの」

と、ジル。

「あたしも、ヤホちゃんみたいに屋台やりたいの、ねっ、ジル」

「そうなの、お金貯めて、ミルワと屋台やるんだ」


「それはいいわね。楽しみね」


 四人は楽しげに話しながら、ゆで小豆を食べ終えると、また、依頼の仕事に戻って行った。


 八穂の世界なら、まだ小学校に通っている年齢の子だが、彼らはすでに、一人前の働き手として、当たり前に仕事をしているのだった。


 この世界の成人は十五歳。十歳になると、見習いとして働き始めることが多い。

王族、貴族がいて、身分制度のある社会で、多くの子供達は親の家業を継ぐことになるが、親のいない孤児の多くは、商家の下働きなどをするか、彼らのように冒険者となって、自分の力で生きていくことになる。


 魔獣がいて、科学技術が未発達な世界では、人間の死は身近にある。

メイリン王国は幸い、ここ百年ほどは戦争などがなく、比較的平和な時代が続いてはいるが、ひとたび天災や伝染病などが起こると、またたくまに被害が広がってしまう。


 平和な日本に暮らしていた八穂は、この世界の現実はまだ、ほんの少ししかわかっていないのだった。


 それでも、幼い子供たちが、将来を考えながら、溌剌はつらつと生きている姿は、たくましくも、いじらしくも感じるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る