第3部

第46話十矢のうわさ

 町のまわりを、頑丈な石壁がめぐり、ダンジョンを取り巻くように結界が張られてからは、町の敷地内に魔獣の姿を見ることは、ほとんどなくなった。


 結界は目に見えない壁のようなもので、魔獣を通さず、十数年は壊れることがないとのことだが、年に一度は、点検のため、国の神官が派遣されるらしかった。


 森として残ったところには、弱い魔獣がみ着いてしまってはいたが、冒険者たちによって、毎日のように討伐されていた。


 安全性が高まったことで、町の建設も進んでいた。

広場近くに、町役場の仮事務所ができて、トワ男爵の秘書、エルマンが臨時の町長として差配さはいしていた。


 また、ダンジョンの入口近くには、仮設の管理事務所がおかれ、トワの冒険者ギルド職員が派遣はけんされてきていた。


 八穂の自宅も、様変わりしつつあった。

周辺の空き地が、家の敷地と認められたため、鉄製の柵が囲んでいた。


 八穂の背丈ほどの柵は、白く塗られていて、唐草のような模様で飾られていた。


 門が広く開くようになっていて、屋台の営業の日は、門を開けてお客さんを庭に招き入れるようにしていた。


 庭は整えられ、柵に沿うようにして、八穂が好みの草花を植えていた。入口近くには見て楽しむための色鮮やかな花が、敷地の端の方には、料理に使うためのハーブが風に揺れていた。


屋台の前には、素朴なガーデンテーブルのセットが三台ほど置かれて、ピタサンドのセットを食べるお客さんが、入れ替わりに座っていた。


「やあ、ヤホ嬢、今はこっちで営業してるのか?」

Sランク冒険者のジェストだった。


トワの広場で、乱暴な男にからまれた時、助けてもらったことがあり、十矢とも知り合いと言うことで、親しくしてもらっていた。


「ジェストさん、しばらくぶりですね。トワ広場と一日おきの営業なんです」

「そうなのか、道理で、広場にいないと思ったよ。オレはしばらく王都に戻ってたからな」


「そうなんですね。それじゃ、いよいよ、こっちで?」


「ああ、今日から、ダンジョンの内部調査だ。トーヤたちも一緒なんだが」

「トーヤと『ソールの剣』なら、管理事務所に行きましたよ」

「はやいな」


「四人とも張り切ってましたから」

八穂は笑った。


「そういえば、彼らは、ここに住んでいるんだったか」

「ええ、私が、魔獣が恐くて頼んだんです」

「なるほど、確かに、以前は女性一人で住む場所じゃなかったものな」


「最近は、結界ができたので、安全になってきましたよ」

「それはよかった」

ジェストは言って、八穂の手元に目を止めた。


「それは、新商品か?」

「はい、ピタサンドといいます」

「はじめて見るな」


「日替わりの具をはさんでます。今日は卵と赤牛レッドカウのハムです」

「うまそうだ、もらおうか」


「ここで召し上がりますか?」

「いや、持って行く。弁当にしよう。二つくれるか」

「はい、ありがとうございます」


八穂が手早く油紙の袋に入れて渡すと、おそらくマジックバッグだろう、腰のポーチに入れた。


「それじゃ行ってくる」

「はい、お気をつけて」


 ジェストが八穂に手を上げて、歩いて行ってしまうと、食べるのをやめて聞き耳を立てていたらしい冒険者たちが、小声で話しはじめた。


「あの人って、Sランクの……」

「みたいだな」

「すげぇな、立ってるだけで違う」


 八穂は、ピタサンドの追加を作りながら、彼らの声に、心の中で同意していた。


 ジェストは、普通の冒険者よりもさらに頭一つ抜きん出るほど背が高く、一目で鍛えているのだろうとわかる、ガッシリした体つきにも、普通の冒険者にはない威厳があった。


 Aランクのトーヤもそうだが、高ランクともなると、数々の修羅場をくぐり抜けて、生き抜いてきた猛者もさということで、何か達観したような、独特の雰囲気があるもののようだった。


「ビンガ豆のスープ、三つください」

朝食を食べに来たお客さんたちが、それぞれの仕事に出かけて、まばらになって来た頃、女性三人組の冒険者が、ゆで小豆を食べに来た。


「ありがとうございます。どうぞ」 

八穂はゆで小豆の椀と、口直しの浅漬けを渡すと、テーブルに陣取って、楽しそうにお喋りをはじめた。


「ねえねえ、見た?」

「見た、見た」

「見たって、なに」


「Sランクのジェストさんと、Aランクのトーヤさん」

「いたの!、教えてくれればいいのに」


 八穂は十矢の名が耳に入って、つい、彼女たちのおしゃべりに気をとられてしまった。


「ふふふ、ダンジョンに入って行くところを見かけたのよ」

「内部調査か、いよいよはじまるのね」

「そうみたい。やっぱり高ランクの人は違うわ、カッコいい」


「ジェストさんは奥様がいるらしいから、狙うならトーヤさんよね」

「ええ! アリー、あんたトーヤさん狙ってるの、図々しい」

「何でよ、いいじゃない」


「せめてDランクに昇格してからにしなさいよね」

「ランクなんで、関係ないわよ」

「臨時パーティー組むにしてもランク低いと相手にされないわよ」


「あー そうか、それくらいしか接点作れないものね」

「受付嬢にでも転職しようかな」

「ばかねぇ」


 八穂は、聞くともなしに耳に入ってくる会話を聞きながら、食器を洗っていた。

やっぱり十矢は女の子にもてるんだな、と、ニヤニヤ口元がゆるんでいた。


「そういえば、トワの受付嬢、なんて言ったっけ」

「若い方の子なら、カテリー」

「そうそう、カテリー、彼女、最近トーヤさんに、かなりアピールしてるわよ」

「そうなんだ。あの子、可愛いからね」


 カテリーか、八穂は少しだけ、胸がザワつくのを感じた。

デニエ牧場のルシンダちゃんは、若すぎて、ありえないと思うけれど、カテリーならあり得るかもしれないな。


 八穂はそんなことを考えてしまい、自分は何を考えているんだ、と、考えを振り払った。


 恋愛ごとにうとい八穂なので、まだ自覚できるほどではなかったが、ほんの少しだけ、彼女の心に「揺らぎ」が芽生えていたようだった。

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