第45話ダンジョン町建設現場2
崖の周囲は、岩山と言ったらいいのだろうか、草や木は生えておらず、ゴツゴツとがった岩が突き出た荒々しい風景だった。
その崖の中央付近から地面に向かって、人が両手を広げたくらいのさけ目が入っていて、それがダンジョンの入口だと言うことだった。
「最初に見た時より、だいぶ
「そうなんだ、もっと広い、トンネルみたいな入口を想像してた。全然違ってた」
十矢の横に立って見上げている
「入口は、そのうち工事して広げるかもしれないな。狭いと入口で渋滞が起こる」
「ああ、そうか」
入口の少し手前には、先ほどの白いローブの神官たちが並んでいた。土の上に赤い敷物を敷いて、そこにひざまずいて祈っているようだった。
「ねえ、あの神官の人たち、お祈りしてるね」
八穂は、少し声をひそめて言った。
「そうだな。オレも初めて見るけど、魔獣が外へ出ないよう、岩山のまわりに結界を張っているんだと思う」
しばらく見ていると、岩山の上空から、金粉のような何か、キラキラ光るものが落ちてきた。それは、しばらくの間、晴れた青空の中に、渦巻くようにしてとどまったあと、空気に溶け込むようにして消えていった。
「ふわあ。きれい」
八穂は、思わずため息をもらした。
「今はまだ、薄い膜を張っただけの状態で弱いので、これから十日ほどかけて結界を強くしていくのです」
背後から声がしたので、二人が振り向くと、トワ男爵の秘書のエルマン氏が立っていた。
「お疲れ様です、エルマンさん」
「エルマンさん、こんにちは」
「こんにちは、お二人とも見学ですか」
「ええ、はじめて見ました。驚くことばかりです」
八穂が答えると、エルマンは、微かに微笑んだ。
「我々も手さぐりです。でも、良い街にしたいですね」
「はい、楽しみです」
再び、空中に金色の輝きが散らされるのを、眺めながら、三人はダンジョンの入口を見上げて立っていた。
「だめだ! そっちへ行かせるな」
突然、叫ぶ声が響いた。
横のまだ伐採が終わっていない木立ちから、護衛の冒険者だろう、十人あまりの人が、バタバタとかけてきた。
その先には、二十匹近く、キラードッグの姿があった。
三人の護衛が、エルマンを素早く囲んだ。
「八穂、下がれ」
十矢が八穂を後へ下がらせた。
十矢は、腰に下げた剣の柄へ手を置いて、いつでも抜けるよう身構えていた。
八穂は、緊張のあまり返事の声も出せずに、数歩下がって、ただ十矢の背中を見ていた。
キラードッグは視線の先に、獲物の存在を認めると、向きを変えて、神官のいる方へ突っ込んできた。
神官の護衛をしていた数人の冒険者が、剣を抜いて魔獣の動きを目で追っていた。
「神官に近づけるな!」
エルマンが叫んだ。
神官たちは、まわりの騒ぎも聞こえないかのように、変わらずに祈り続けていて、時々、空から金色の光が降り注いでいた。
冒険者たちは、キラードッグを引きつけて、神官たちに近づけないように攻撃していたが、一匹だけが群れを離れて、十矢の方へ向かって来た。
十矢は剣を抜いて構え、攻撃態勢を取ったが、魔獣の本能で、一番弱い獲物を狙うのかもしれない。
十矢を
八穂の目の前にキラードッグが迫った。
茶色い細身の体は
八穂は声を上げることもできずに、ただ恐怖に身をすくませているしかなかった。
「八穂!」
魔獣が飛び上がって、八穂に飛びかかろうとした寸前、十矢の剣が、キラードッグの腰を
傷つけられた魔獣は、痛みにグアッと声をあげると、体をくねらせて十矢の方へ向き直った。
大きく口を開け、二重に生えた牙をむき出しにして、反撃しようとしたところに、上空から巨大な猫が降って、キラードッグを押しつぶした。
リクの下敷きになった魔獣は、すかさず十矢がとどめを差して、息絶えた。
「リク!」
八穂はリクのフサフサした前脚に抱きついた。リクが巨大化してしまうと、八穂にはそこしか抱える場所がないのだ。
リクは八穂の護衛に残り、十矢は戦いが続いている冒険者たちの助太刀にまわった。
イツが、上空から急降下しては、キラードッグを牽制して、神官から離れるように誘導していた。
十矢が加わったことで、だいぶ攻撃力が強化されたのだろう、キラードッグの群れは見る間に数を減らし、最後の一匹が倒された時には、魔獣がすべて地面に転がっていた。
「だいじょうぶか」
十矢が戻って来た時、八穂は地面に座り込んで、元の大きさに戻ったリクを抱きかかえていた。
リクは迷惑そうな顔をしていたが、八穂を落ち着かせるためだろう、おとなしく撫でられていた。
「うん、なんとか」
八穂は、今は
「初心者には刺激が強かったか」
十矢は言って、なぐさめるように、八穂の頭を、ポンポンと軽く叩いた。
「こういうのに馴れなくちゃいけないんだろうけれど、イザとなると、体が動かないな」
八穂は震える声でつぶやいた。
「いや、ああいう時は、逃げ回って動かれるより、おとなしくしててもらった方がいい」
「そうなの?」
「うん」
バサバサと羽音がして、イツが十矢の肩に止まった。
「イツ、おつかれ」
「イツ、ありがとう、リクもありがとう」
前方ではエルマンが何か指示を出して、トワ男爵の兵たちが、かけ回っていた。
おそらく穴を掘って埋めるのだろう、冒険者たちは、あちこちに倒れているキラードッグを引きずって、どこかへ運んで行った。
神官たちは、今日の分の祈りは終わったのか、立ち上がっていたが、魔獣の襲撃など無かったかのように、落ち着いていた。
「神官の人たちって、すごいね、全然動揺してない」
「そうだな、彼らも魔獣を倒すだけの力は持ってるからな」
「そうなんだ」
「それに、祈り続けてもらうために、護衛がいるんだし」
十矢は言って、手を伸ばして八穂を引き上げた。
「さて、帰るか」
十矢は八穂の手を引いたまま、歩きはじめた。
(第2部終)
===================
今回で第2部が終了しました。
お読みいただきまして、フォローやハート、お星様も、たくさんいただきまして、ありがとうございました。
第3部は土日お休みして、12月5日から再開予定です。
引き続き読んでいただけましたら幸いです。
仲津麻子
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます